こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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嵐は分らんけどコンタドールなら知ってるってのは日本人女子としてどうなんだろうか

更新の頻度が落ちた言い訳に興味を持っていただけるほどの人気サイトではないということはよくよく承知の上で、最近あまりブログを書かない言い訳をさせていただけば、昔あれこれ仕事の愚痴を記事に書くのに使っていた時間を、今は自転車に乗ったり自転車雑誌を読んだりサイクルロードレースの中継を観たりするのにつかっているからなのですが。

ジロ・デ・イタリアを今年はほぼリアルタイムで観た。さすがに夜中のライブ放送を起きて観ていては仕事に障るので録画であるが。イタリアは今年も風光明媚である。コカコーラのでかい看板も自動販売機もない。電柱もない(電話線とか電気とかどうやって各家庭に送ってるんだろうね)。各家庭の屋上にアンテナもパラボラもないから空撮の画像もすっきりしている。イタリアの人ってテレビ観ないのかな。

今年の主役は復活したランス・アームストロングかと思ってたけど、ランス大丈夫かというスリルよりもアスタナ大丈夫かというスリルのほうが勝ってしまった。世界恐慌でスポンサーがすっかりやる気をなくしたらしくて、チームジャージからスポンサーロゴがじりじり減っていった。選手の給料も払えないとか。ランスは自腹で参加してるから関係ないらしいけど。

サイクルロードレースとかディズニーチャンネルとか観るんで、うちは地上波はニュースくらいしか観ない。娘は嵐のメンバーの識別がつかない。中学校で珍しがられたらしい。コンタ君とシュレック兄弟が居るからいいのよと言ってやればいいのにとか茶化してみる。ランス様って言っても中学生には年長すぎるだろう。ダニーロ様って言われるとあんな怖い顔の人はやめておけと父は思う。
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by yamakaw | 2009-06-03 17:52 | 日記

花脊峠・芦生峠を越える

昔は鬱々したブログ記事を書くのに使っていた時間を、今は自転車で外を走っている。

昨日の午後は花脊峠を越えて北へ行き、芦生峠を越えて戻ってきた。むろんノンストップで越えられるほどの脚力はなくて、とくに鞍馬から花脊峠の登りは何回休んだか数えるのもうんざりするくらいだが、それでも押して歩くことはなく、越えるには越えた。

越えて峠の向うへ降りたものか、謙虚に峠からまたこっちへ引き返すべきか、登りつつちょっと迷った。なにせ花脊峠を越えて向うへ下ったら、帰宅するにはどうあってももう一つ峠を越えなければならないはずだから。しかし峠では沈思黙考の間もなく向うへ下ってしまった。峠の向う側(北側ですね)で路面を舗装しなおす工事が行われているらしく、土曜午後で工事関係車両はいなかったものの路面はいちめんに砂埃で覆われていた。それほどがたがたはしなかった。峠の南側の鞍馬から峠までの路面がそうとうひどい道だったし、ESCAPE R3のアルミフレームとクロモリフォークもそれほど振動を上手に処理してくれるものではなし、路面にはあまり贅沢を言える立場ではない。

花脊の山の家には子供たちも学校行事で宿泊に行くので、話はきいていたが、予想以上に大規模な建物だった。あれは数百人くらい泊まれるんだろうなと思った。おそらくは集落の人口の数倍は泊まれるはずなんだが、その人数が排出する環境負荷をこの土地は支えきれるんだろうか。

花脊から先しばらくしてバス停留所の標識の形が変わる。バス会社の表示にテープを貼って消してある。好かしてみると京北町の町営バスらしい。そういえば最近京都市と合併したんだった。

京北町の中心部へいく道と分岐すると、いよいよ本格的に人里を離れていく。芦生峠芹生峠へむかう道の、灰屋という集落を過ぎるともう人は住んでいない模様である。渓流のわきの道であるが、花脊峠と比べてガードレールが少ない印象がある。田舎者なので人がいない道を走るのはあまり苦にならないが、高所恐怖症の気はあるので、ガードレールのない路肩の先がいきなり崖だとあまりよい気分がしない。わりと水量の多そうな渓流の音が聞こえるが、高さどれくらいだろうとのぞき込む気も起こらない。自動車がほとんど通らないのが幸いだと思いつつ登っていく。あまりくねくねと曲がる印象はなくわりと一直線である。休み休みではあるが登れはする。花脊峠の登りはじりじりと勾配が増していって挙げ句の果てにとんでもない傾斜のつづら折りが待っているので、こっちもそうかと思っていたが、案外とあっけなく峠に着く。

芦生峠芹生峠の南側はやはり急坂である。こっちを登ることにしないで良かったと思った。下り道はやはりつづら折りである。ガードレールはやはり少ない。これは路線バスが走ってるかどうかにも関係するんだろうか。花脊峠のほうは京都バスの路線があるし、京都市じゅうの小中学生が宿泊研修に行く施設もあるし。

下っていくととつぜん道が良くなり、なんとなく雰囲気が雅びてくる。なにかなと思ったら貴船の料亭街に入る。納涼床のシーズンだったら、人がいない下り道をかっ飛ばす気分でここへ突入すると危険だろうなと思う。
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by yamakaw | 2009-05-24 23:41 | 日記

コンタドールがパリ~ニースでぼろ負けした件について

パリ・ニースでのコンタドールの負け方は痛烈だった。山頂ゴールの第6ステージでぶっちぎりで勝利しておきながら第7ステージでぼろぼろに負けた。ハンガーノックだったらしい。集団に追い抜かれるコンタドールなんてはじめてみた。ってそれほどサイクルロードレースをたくさん観てきた訳じゃないがね。とくに今回は第6ステージだけ有料オプションのチャンネルで放映するだなんてJスポーツもあこぎだ。日本のファンの呪いもあったんじゃないか。

ハンガーノックは苦しいよ。私もときどきNICUでハンガーノックを起こすからよく分る。とにかくポケットにはソイジョイだ。

しかしアスタナは彼にまともなアシストをつけてやろうって気がなかったんだろうか。ちょっと天狗になってるんで懲らしめてやろうってところだろうか。

「やあランス。久しぶりだな」
「どうしたヨハン。声に元気がないぞ。また小遣いに困ってるのか。下手なポーカーはやめろとあれだけ言ったじゃないか」
「いや真面目に聞いてくれ。若い者の鍛え方で悩んでるんだ。筋は良いんだけどな。監督の指示を無視して突っ走るし、果てはプロトンでけんかをしたりベテランの名前をわざと呼び違えたり。」
「なんだか俺にこたえてるようだが。アルベルトか」
「ああ。扱いかねててな。おかげでクレーデンはふてくされるしライプハイマーはすっかり胃弱だ。我慢してやってるのはポポビッチくらいだ」
「ようするに誰かががつんとやらなければならんわけだな。」

まさかそういう理由でランス・アームストロングが復帰したわけでもあるまいが。
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by yamakaw | 2009-04-03 00:21 | 日記

ESCAPE R3 (2009)につけたもの・つけられなかったもの

いろいろといじりながら300kmちょっと走った。北は江文峠、西は化野、南は御幸橋。東はあんまり行ってないけどいずれは琵琶湖までは行くつもり。初期投資にいろいろ買ったが、合うもの合わないものがあったのでメモ代わりに。

トピーク ウェッジバッグ M BAG144

TOPEAK(トピーク)



サドルバッグがほしくて、まず、いかにも定番然とした手堅いデザインのこのトピーク社のを買ってみたが、サドルの長さが足りないのか、めいっぱい後ろへ下げても寸法が合わなかった。今は自転車関連の小物入れにしてある。



Specialized(スペシャライズド) サドルバッグ Dirtbag ブラック / 4117-1210

Specialized



そこでこのダートバッグを買って取り付けた。ベルトで固定する式で、問題なく装着できた。横幅もサドルからはみ出ることがほとんどなくて、走行には影響ないと思う。私レベルでは、という留保つきでだが。内部は2段になっていて、上段に非常用の工具を納めるようにできている。予備のタイヤチューブを一本と、下記のサバイバルギアボックスを入れてある。サバイバルギアボックスがちょうど固定できるようなベルトが上段の天井についている。下段は何を入れても良いんだろう。私は財布とか、(大好きな)ソイジョイとか入れている。日常品を出し入れするときに非常用の工具を触らなくてよいので便利。



topeak(トピーク) サバイバルギアボックス(17TOOLS) TOL132

TOPEAK(トピーク)

スコア:



上記のようにサドルバッグにいれてはある。幸いなことに予備チューブともどもまだ使う機会がない。小さな工具がニートに納められていて、見ていて小気味よくはある。新生児搬送用の器具もこんなふうでありたいと思う。




ブッシュ&ミューラー(BUSCH+MULLER) CYCLESTAR サイクルスター 901/3 サイクルミラー

ブッシュ&ミューラー


ゼファール社の、バーエンドにはめ込む式のバックミラーを買ってきてはみたが、いざグリップを外してみるとESCAPE R3のハンドルは妙に肉厚で、はめ込みは不可能だった。おおまかに物差しで測ってみたが内径は17mm未満のようで、バーエンドにはめ込む式の製品はどれも取り付け不可能とみえた。そこでこのブッシュ・ミューラー社のサイクルミラーを買って、付属のベルトで固定した。角度の微調整はこれから。今日取り付けたが雨が降り出したので走行試験はしていない。でもハンドルから下向きに突き出るように取り付けたら後方が自分の脇腹越しに意外に広く見えるようだ。期待大。

車道を走るときにはバックミラーはやっぱり要るんじゃないかと思う。振り返って直接目視で確認するのがよいのだという意見も散見されるが、それは普通免許をもたない人の意見だ。ついこの間まで路上教習をうけて習ったやり方では、まずルームミラーとサイドミラーで後方を確認し、最終確認として直接に目視確認するのが正しいやりかたのはず。

ちなみにESCAPE R3のグリップは2.5mmのアーレンキーで簡単に外せます。油や石けん水でゴムと格闘する必要はなかったです。
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by yamakaw | 2009-02-11 20:58 | 日記

自転車ロードレースを観る

土曜午後からの当直が明けてみると雨だった。自転車でちょっと遠出でもと思っていたのに。明けは寝ておれとの天の声なのだろうか。

ESCAPE R3が届くまでの3ヶ月間、自転車自転車と念じながら暮らしてきた。自転車ロードレース観戦という新しい趣味を得たのは予想外の収穫だった。再放送を録画してではあるがジロ・デ・イタリアを通しで観戦した。続いてツール・ド・スイスも観た。イタリアもスイスも各々に風光明媚でよい土地だ。とくにジロはイタリアを北上するにつれて景色が移り変わり、3週間もあるのに飽きさせなかった。スイスは前半で天気が悪く陰鬱だったが、後半でよく晴れたステージでの光景は格別だった。ただし星野道夫氏が喝破したごとく、その自然はすみずみまで人の手がはいった人工の自然であった。まあ、アラスカみたいな全くのウィルダネスで自転車競技をやろうと思ったらロードバイクではなくてマウンテンでないと走れないだろう。もっとも、そんな自然破壊行為はしてはいけないとは思う。

ブエルタ・ア・エスパーニャも見始めたが、Jスポーツがブエルタの再放送を第6ステージで終わってしまったので、最後までは見れなかった。スペインを南のほうから北上していくコースなので、最初のうちはアンダルシアの荒涼とした風景ばかりだ。駱駝や駝鳥が走ってても何ら違和感のないような土地に一本だけ舗装道路が通っている。ヨーロッパとアフリカの境目ってのはジブラルタル海峡じゃなくてピレネー山脈なんじゃなかろうか。あんまり好きな風景ではなかった。北の方へいけば多少は違うのかな。
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by yamakaw | 2008-12-21 13:51 | 日記

自転車が届いた

8日にようやく自転車が届いたと知らせがあった。10日の当直明けの午後に受け取りにいってきた。9月11日に注文したからちょうど3ヶ月待ったことになる。まだ金融危機が顕在化する以前のことだったのでずいぶん遠い昔のような気もする。

前照灯と後尾灯をつけてもらった。荷台や泥よけはつけなかったがスタンドはつけた。ほどよく硬派なクロスバイクに仕立て上がった。いや硬派という形容がクロスバイクに当てはまるのかどうかは分りませんがね。硬派な自転車乗りを目指すならロードバイクかマウンテンバイクを買うものかもしれません。むろんマウンテンならスリックタイヤに履き替えるのは堕落というものでしょう。

乗って走り出してみたら異様にスピードが上がるので、怖くなって店に戻ってヘルメットを買った。数分前に意気揚々と出て行った客が血相を変えて戻ってきたので店員さんも緊張していたが、事情を聞いて苦笑いしていた。

買いたての自転車でうれしくて一乗寺界隈を走り回るうち日が暮れた。残念だが帰らねばと思った。そして、ふと、俺は日が暮れてもう遊べない残念だと思ったのは生まれて初めてではなかろうかと気がついた。齢40になっていまさらガキ大将みたいなことを言ってますが、家の中で本を読んでばかりいたし。なるほど世間の皆様はこういう少年時代を送って大人になられたのか。自分のミッシング・ピースをひとつ発見したような思いがした。
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by yamakaw | 2008-12-16 17:44 | 日記

自転車がこない

土曜日午前中の外来をてんてこ舞いでこなし、ようやく終えてNICUに上がりぎわ、空を見上げるとよく晴れている。こんな陽気の日に自転車で遠乗りしたら気持ちいいだろうと思う。なんも考えんとひたすらペダルを踏むのはどうだろう。やれやれ自転車が早く来ないかなと思う。9月に発注してもう11月だ。10月下旬って言ってたのが11月中旬に伸びたんだよな。でも15日だし、もう中旬だよな。

午後は重症の子があってNICUにえんえん居残り。胸腔穿刺って何回やっても会得した気分になれない。自転車が手に入っててもけっきょくは乗れなかったな。でも自転車はやく来ないかな。待ち遠しいなと思いながら22時ようやく解放されて帰宅。

帰ってみると妻が気の毒そうに、また自転車屋に行ってみたんだけどと言う。何がどうなってるんだか、ぜんぜん入荷の見込みが立ってないんだって、と。ひょっとしたら1月になるかもしれない、って。だそうだ。やれやれ。これだけ待たされると、自転車はいつまで「来ない」のか、かえって興味深くなってきた。これだけ欲しいものはすぐ手にはいるのが当たり前のご時世に、かえって新鮮な経験かもしれない。

まったく乗る暇がないということを思い知らされて愕然とするまでの猶予期間。病院のまどから空を見上げて、瞬時の妄想サイクリングをやってるあいだが、じつはいちばん幸せな時間なのかも知れないね。
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by yamakaw | 2008-11-16 00:26 | 日記

エリスロポイエチン

ジロ・デ・イタリア第13ステージ。平坦な170kmあまりのコース。

途中で選手が自転車を止め、路傍の老人を抱擁して、山岳賞の緑色のジャージをプレゼントしてから、おもむろに走り出した。二人とも幸せそうな、よい笑顔だった。実況と解説が、あれはお父さんだなと言っていた。今回のステージのゴール地点のすぐ近くが出身地なんだそうだ。

あのジャージを保持しているってことは彼はこれまでの山岳コースを相当に良い成績で走ってきた、優れた選手の筈だが。自転車を止めてプレゼントをわたして抱擁して接吻して、の一連の流れがいかにも自然で微笑ましかった。成熟した、作為のない親孝行。いいなあと思う。イタリアってこういう国なのかと改めて感心した。

日本ではなんだか不謹慎だとか不真面目だとかいろいろ言われてしまいそうだけど。あるいは逆に息子を待つ父親の周りをレポーターとかお笑いタレントとかテレビカメラとかが取り巻いてわざとらしい感動を演出しようとしているかもしれない。

よい気分になって、アマゾンから届いた自転車雑誌を読んでいると、2008年のジロ・デ・イタリアで山岳賞を獲得した選手が、第3世代EPOの使用が判明してチームを解雇されたと、小さく報じてあった。あの選手なんだろうか。なんだかねえ。親の顔に泥を塗ったようなものだな、とこういうときだけは日本人モード全開で腐してみる。

EPOか。第3世代ってのがどういう種類になるのだかよく分らないが、ようするにエリスロポイエチンだろ、と日常に引き戻される。NICUでは超低出生体重児には貧血の対策として毎週2回皮下注射してる薬だ。よい薬だと思っている。でも彼らスポーツ選手が使うのはドーピングだ。競技風景がおおらかなわりには、ドーピングに対してはむちゃくちゃ厳しいと見える。

この選手の競技生命は終わるんだろうか。おなじページには他の選手で2年間の処罰期間があけて復帰だとかいう紹介もあったし、まだ20代だったから未来はあるんだろうと思う。今はあのお父さんが立ち直らせてくれてるころだろうと願う。
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by yamakaw | 2008-11-08 15:09 | 日記

190km走ってきて最後の1kmで転倒する

ジロ・デ・イタリアにはまっているが、サイクルロードレース好きになったのだかイタリア好きになったのだかよくわからない。深夜に放送されるのをケーブルテレビの機械が適当に録画しておいてくれるので、ぼちぼちと観ている。息抜きにはとてもよい。風景はいいし、選手もそれほど苦しそうな顔をしないし。

苦しそうな顔をしないといっても、タイムトライアルでもないかぎり1日で150km以上は走る。第11ステージは決して平坦ではないコースで全長190kmあまりだった。最終的に3人で先頭を競うことになったのだが、その2位につけていた選手がゴール手前800mくらいのカーブで落車した。どうやら石畳の敷石がゆるんでいて後輪を引っかけたらしい。3位の選手も目の前で転倒されたのでいっしゅん足止めされ、1位の選手がそのまま逃げ切った。

1位の選手のゴール前の感極まった表情が繰り返し放送された。一生に一回でもこういう顔をする経験ができたらそれで人生は成功だと思えた。いい顔だった。36歳だったか38歳だったか、けっして若手とは言えない選手だった。過去の戦績も画面に映ったが、その項目が1997年と2004年だったか。長いことやってきてはいるが目立った個人成績のほとんどない選手のようだった。それでもこうやって大きな大会のメンバーに選ばれて居るんだから、チームの裏方として表に出ないところでずいぶん大きな働きをしてきた選手なんだろうと思った。スポーツに人生訓を読むのは野暮な行動だとは思うのだが、そういう選手が引退間近に(さすがに40過ぎては無理なんじゃないかな)こういう花を咲かせるっていいよねと思う。
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by yamakaw | 2008-11-06 18:01 | 日記

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫 あ 105-1)
ランス・アームストロング / / 講談社
ISBN : 406276086X

さいきん読むことが多いのは自転車の本と、辺境の本。とにかくどこかへ逃げ出したい一心の読書傾向である。それが皮肉にも、「タフさ」とは何か、という問題を考えさせられるような本によく行き当たるようになった。タフさを要求されないところへ逃げ出したいと思ってるようだけど、逃げ出す先として君があこがれるようなところは今以上にタフさを要求する場所だから勘違いしないようにねと、アマゾンドットコムに宿る神様が仰ってるんだろうと思う。

本書は自転車つながりの一冊。ランス・アームストロングはアメリカの人。自転車ロードレースのプロ選手で、将来を嘱望された若手時代に精巣腫瘍で闘病生活を余儀なくされたが、復活したうえツール・ド・フランス7連覇という偉業を成し遂げた人。もっとも本人は癌から生還したことのほうを名誉に思っているらしい。

まだ競技の部分の描写がぴんとくるほど自転車競技には詳しくないので、読んだときにも闘病記としての要素ばかりが目に付いた。

初診から手術までの迅速さはエレガント(「大学への数学」誌における用法で)のひとことに尽きたが、お粗末な医療保険はもうほとんど米国医療のお約束である。ちょうどチームの移籍時期で、彼は無保険状態だった。家屋敷も高級車も全部売り払って一文無しになるところを、スポンサー企業の社長が、銭を出さないとうちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと保険会社に脅しをかけて、厳密には契約外の治療費をださせる。

とんだ横車である。保険会社だってこの横車をハイそうですかと押されて済ますわけもあるまい。誰かこの横車のとばっちりを引き受けた人があるはずである。うちの社員の保険をぜんぶ引き上げるぞと言ったところでハイそうですかとしか言われないような弱小企業の社長さんとか、マネジドケアで丸めてあるんだからこれ以上の治療費は払わないよといわれる病院とか。

抗癌剤のブレオマイシンを使わないという選択が良い。本書では医師がそう勧めたと記載してある。この薬の副作用で肺をいためると治癒後に競技へ復帰できなくなるからだそうだ。生存率が5%とか20%とか言ってる状況で競技への復帰云々もなかろうと思うのだが、そうやって具体的な目標をかかげることで、単純な死ぬか生きるかの二分法とは次元の違ったところへ意識を集中させることを狙ったのかもしれない。副作用のない抗癌剤としての「希望」の処方というところか。

それとも、これだけ予後の見込みが悪ければブレオマイシン1剤くらい加えても加えなくても大して違いはないという身も蓋もない事情だろうか。

抗癌剤の副作用を延々と堪え忍ぶつらい闘病生活を思えば、復帰後のレースがどれだけ過酷でも耐えきれたとのこと。そしてツール・ド・フランスで7連覇する。彼の活躍は癌の闘病生活をおくる患者たちに、とりわけ子供たちに大きな声援となっている。声ばかりではなく、彼はチャリティ活動に積極的に取り組んでいる。

ただ、その闘病生活を献身的に支えた恋人を、退院後にあっさり振ってしまう。生存するという目標は達成したが、次に何をすればいいかを見失ってしまい、かえって鬱状態になった模様。生存することより元の日常生活に復帰することのほうがよほど大変であるとのこと。なるほどそういうこともあるのかと医師としては勉強になった。

そこで癌の子供たちを応援するチャリティライドを始め、その活動で次の恋人と出会い、やがてその恋人の助けを得て選手生活に復帰する。本書は復帰後の彼がツール・ド・フランスで優勝するまでを扱ってある。彼の怒濤の7連覇はそれからの話。本書ではこの二人目の恋人と結婚して、凍結してあった精子で不妊治療して子どもも授かって熱愛いっぱいである。

だがネットで知った後日談によれば、この二人目の恋人ともその後に離婚しているらしい。おいおい。誰のおかげがあっての今の君だよ。こうなると勉強になったではすまない気がする。ひょっとしてこいつ単に女に汚いだけか?とまで、ちょっと思ったりして。あるいは、真面目な話、この男は恋人をロードレースチームのアシストと同列に扱ってないかと疑う。人生の各ステージでエースである彼の風よけとなり補給品を渡し周囲をかこって事故から守り云々と献身し、役目を果たしたら自身はレースを降りるアシストとして、恋人を扱ってるふうではないか。でもそれは幸せな人生か?人生ってそういうものか?なにか足りなくはないかランス君、と尋ねてみたくはある。
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by yamakaw | 2008-10-28 23:12 | 読書