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こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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二回目も明けた

中一日で三連の当直の2回目が明けた。今回は午前1時半ころ寝付いて、5時頃に外来で1回起こされて、次に7時に起こされたのでそのまま起きていた。2回か3回か電話だけで済む用事で起こされた記憶もあるが何時頃だったかは確かめなかった。まあ寝られた方じゃないかと思う。

でも昨日寝る前からすでにかなり疲れていることは自覚できた。疲れているときには腹を立てやすくなる。赤ちゃんの泣き声がうるさく感じられる。しゃべる内容にまとまりがつかなくなって説明が長くなる。親御さんとのやりとりに無用のため息を挟んでしまう。鑑別診断の想起が遅れる。事故や紛争のすれすれだ。リタイアは定年で辞めるか過労死で辞めるか(二階級特進なんてするのかな)と思ってたけど、深夜の外来で泣きわめく幼児の横っ面をおもわず張って懲戒免職、という第3の道があるようだ。

まあ一番むかっ腹がたったのは、NICU朝の回診で土曜夜に入院した赤ちゃんのプレゼンを求められたときだったですが。止まったり呼び出されたりして3連夜病院で過ごした朝に、この子の存在を今朝になって知る面々に親切にもご説明を申し上げなければならんのかと。たぶん顔色が変わったのだろう、この子を搬送してきた若手がさりげなく僕が主治医ですからと変わってくれたので上司の横っ面を張らなくてすんだ。如才ない若手はありがたいものだ。

午前7時の救急来院にどういう意義があるのか、診ていてよくわからない。あと2時間もすれば時間内の正規の外来も開くのに、どうして医師も看護師もまず確実に寝不足であるにきまっている時間帯にあえて受診なさるのだろう。そこに危険性を感じられないんだろうか。それともそのリスクは我々医療提供側が全面的に負うべき事であって受診者側の関知するところではないのだろうか。

しかしそのリスクも覚悟であえてこの時間に受診しないと生活にならないというお家もたしかにあるし。市バスの運転手のお父さんが早出の前に子どもを診てくれと夜明けがたにお子さんを連れておいでのときにはもう返す言葉もありませんでしたが。

だいたい今日のようにその「時間内の正規の外来」をやってるのは当直明けの私なんて日だと、やっぱり午前7時のほうが9時より安全だったようにも思えたりして。

空床1/1のまま。全体に軽症だけど人数が多い感じ。でも京都市内の他施設もたいてい空床があるようすだから2/2にしなくてもそれほど支障はなかろうと。今日は寝せてください。明日も当直ですから。
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by yamakaw | 2008-10-20 13:44 | 日記

ゆっくりと新生児医療の地盤が沈む

昨日の迎え搬送は、いちおうNICUを名乗っているうちとしては軽症の部類にはいる子だった。若手が連れ帰ってきて初期処置をすませたところで帰宅。全行程2時間。ほぼ純粋なお留守番/バックアップ。日付が変わる前後に帰宅。

むしろこの程度の子を自施設で診れなくなったのかと、搬送依頼元のご事情のほうが気がかりになっている。私が大学を卒業する頃には、大学病院よりもよほど充実した研修ができると謳って下宿まで就職の勧誘に来たような病院だったのだが。この病院の特殊事情で新生児はアウトソーシングということになったのか、それともこの決して小さいとは言えない規模の病院でも新生児を診ることが困難になってきたのか。もしも後者だとするならば、私の今までの認識以上に、京都の新生児医療は地盤沈下が進んでいると考えざるを得ない。

今日は9時から出勤して日直・当直。中1日の当直は私だけではなく、昨日当直だった若手は今日を休んで明日も当直である。もともとのシフトでは彼に本日のバックアップを頼むはずだったのだが、女医さんがなんとか都合をつけて本日一日だけのバックアップが可能にしてくださったので、若手を業務命令から解放して休ませることが可能になった。当直のできないご事情の先生にも、こうしてできる限りでシフトに参加していただくとたいへん有り難い。私も昔はそれっぱかししか参加できないのかとこういう女医さんを批判的に見ていたのだが、いざ自分がシフトを組む立場になると、自分のできる限りの参加をしてくださることの有り難さが身にしみる。

空床はちょっと詰まってきたので1/1にしました。
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by yamakaw | 2008-10-19 13:35 | 医療関係あれこれ

まず1日目の当直が明けた

午前2時から7時まで寝られて、なんとか1日目は無事に明けた。これなら今日休めれば明日の日直当直から明後日の午前中まではまあ、保つだろう。

月9回の当直とそれに匹敵する回数の自宅待機、休日も今月私が自宅で朝から晩まで過ごせる日は10月12日の1日きりである。こういうはっきりと労働基準法のルール違反な勤務を、私らは自分たちのほうからお上にお願い申し上げてお許しあるいはお目こぼしを頂いているんだ。お上にしてみれば私らに貸しをつくってるつもりなんだろうなと思う。法的には白い手のままで、お上は俺たちの息の根を止めることが簡単にできるんだ。

とうてい遵守できない規則をまず作って、それを守れない現場に対してお目こぼしをすることで、それを貸しにすることで現場よりも優位に立つという行政。現場はルール違反の負い目と、いつ「規則通り」の取り締まりで潰されるか分らないという恐怖とで、例えばこうして小さなブログに書き留める勇気すら削がれている。

何やってるんだろう俺たちは。

空床は2/2です。でも今日重症入院で呼ばれたりして徹夜したらもう明日はアウトだな。まあ、呼ばれる前になるだけ寝だめていよう。
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by yamakaw | 2008-10-18 17:09 | 日記

中1日3連の当直をする

本日当直入り。明日は当直明けに土曜午前の外来をして帰宅、自宅待機。日曜は朝から日直・当直。月曜は明けで午前中の一般外来。午後は週休でお休み。火曜は朝からNICU担当して当直入り。水曜は朝から外来して午後5時で勤務終わり。

自分で組んだシフトではあるし、他には人がいないんで誰が組んでも必然的に数学的にこのような組み合わせしかあり得ないし、たぶんこの週末週明けを乗り切るにはこれが私にとっていちばん楽なシフトなんだろうと思っている。

たぶん私が死なないで済んでるのは当地のみなさまのご厚情のおかげだと思う。さいきん医療現場の疲弊が世に知れるにつれて、夜間の時間外外来受診がめっきり少なくなった。私のような虚弱な医師でもこのシフトでやっていけるのは寝られる当直だからだ。これで夜通し外来に張り付くような当直だったらたぶん潰れる。

もともと当地で小児科受診の親御さんは、夜間の受診でもはじめには夜分畏れ入りますとひとこと仰ってくださるし、終わったらありがとうございましたと仰ってくださる。ご自分のみならず、乳児はともかくもものを言える年代の子どもがだまって診察室を出ようとしたら、何か言うことがあるんじゃないかと子どもをたしなめる親御さんばかりである。そういう親子だと同じ起こされるにしてもずいぶんと疲れ具合が違う。そういう「客層」に恵まれてありがたいと思っていたら、疲弊が世に知れるにつれて潮が引くように夜間受診が減ってきた。なお有り難いことである。

これは他所を知らないから邪推かもしれないが、たとえば他家の子が診察中でもかまわず診察室のドアを蹴破って乱入してきて早く自分の子を診ろと乱暴な言葉で強要するような風潮がある地域の病院なら、現場の疲弊もどこ吹く風で、まったく夜間受診は減ってないんじゃないかと思う。むしろそんな人ばっかりが夜間に凝縮されてくるんじゃないかとさえ思う。ますますスタッフの疲弊は進むに違いない。当地がそういう土地だったとしたら、今回のようなシフトはとうてい耐えられないだろうと思う。

NICU空床は2床。重症でも可。もとよりそれが本分ですし。
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by yamakaw | 2008-10-17 18:14 | 日記

後ろー!後ろー!!

中山成彬という人が陳腐な題材の失言を三連発して国交相を辞任した。題材に新味がなくても三連発で威力があった。ゴルゴ13で読んだ突撃銃の進化に、トリガー1回で3発の弾が出ますというのがあったが、やっぱり失言も進化して攻撃力を増すんだろう。

当直室でつけたテレビニュースにちょうど出たのだが、地元の県連の会長さんにちょっとは慎めと言われたその直後にまたも日教組云々と繰り返したこの人の芸風は、むかし客席のよいこのおともだちの「後ろ、後ろー!!」という絶叫にまったく耳を貸さなかった志村けんを彷彿とさせた。

こういう失言というのは意図してやるんだろうか、それともうっかりやるものなんだろうか。システム的な考慮が必要なヒューマンエラーなんだろうか。それとも、何かほかの重大なことから目をそらすなど隠された目的のことなんだろうか。あるいは、堅い仕事をじっくり勤め上げてきた初老の男性がとつぜん近所の大型ショッピングセンターで安物の鍋を万引きして捕まるという類のお話なんだろうか。

空床はゼロですが戦後教育のせいではありません。
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by yamakaw | 2008-09-29 22:13 | よのなか

「ハックルベリー・フィンの冒険」と裁判員制度のこと

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)
マーク トウェイン / / 岩波書店
ISBN : 4003231155
ハックルベリー・フィンの冒険 下  岩波文庫 赤 311-6
マーク トウェイン / / 岩波書店
ISBN : 4003231163
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子どもの頃からわりと読書は好きだったつもりだが、なにか読む気がしなくてハックルベリー・フィンのほうはしまいまで読んでいなかった。改めて読んでみたわけだが、いやこれは子どもの物語ではないですね。

物語の中で、ミシシッピー川の流域を渡り歩いていた詐欺師がついにその悪事が露見して、住民にリンチにされる場面がある。町じゅうの人が熱狂して、悪党二人の身体にタールを塗って鳥の羽根を突き刺し、ミシシッピー川へ放り込むべく担ぎ出してゆく。

英語のlynchという動詞は、単に法律にもとづかない制裁を加えるというのみならず、最後に殺してしまうというところまで含んだ語だと聞くので、この情景もじっさいにあり得た情景なのだろうと思う。

で、ここから先は私が勝手に思ったこと。彼の国の陪審制度というのは、けっして既存の裁判制度に住民参加を促すために成立したものではなく、実際のところはこういう熱狂的な暴徒と化しやすい住民を裁判制度から閉め出すために成立した制度なのではないかと、物語を読んで思った。何人までなら法廷に立ち会わせるからそれで納得して被告人を殺さず司法に引き渡してくれということで。

大野病院事件では控訴しなかったなあと、締め切りの日を迎えて安堵。
今日も二人の入院があったがそれでも空床は重症2/軽症2。
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by yamakaw | 2008-09-04 21:52 | 読書

大分県で採用不正を理由に20人の先生がやめさせられる

大分県で採用に関して不正があったとされる2008年度採用の教諭が20名ほど、解雇されることになったと報じられた。

世間に疎くてよくわからんのだが、採用試験を経て正式に雇用関係が成立したはずの人たちを、採用段階で採用側の内部処理に不備がありましたからと一方的に解雇することが可能なんだろうか。この人たちが生徒への体罰や性的虐待を常習的に行っていたとかならまだしも、現状でこのような解雇のしかたは法律的にOKな話なんだろうか。上級官庁はよく当事者に説明をした上でと言ってるようだが、はじめに解雇ありきで説明ってそれはインフォームド・コンセントとは言わんと思うが。それとも、私は自分の世間知らずぶりを改めて反省しなければならないのだろうか。まあ、法律の話は法律を知らない人間が知らないまま論じても不毛だし、よほど不合理ならモトケン先生のブログあたりに何か出るだろうと期待して、私は現段階ではこれ以上の素人法律論議は控えようと思う。疑問を感じますということだけは明言しておく。

心情的にはどうにも気の毒でやりきれない話である。まだなりたてとはいえ仮にも先生と呼ばれる立場の人に、まるで日雇い派遣みたいに明日からもう来なくていいからと一方的に言い渡すってのはどうなんだろう。先生ってその程度のものなのよと先生を束ねる教委自身が吹聴してよいものだろうか。ばれた分だけ切り捨てればいいのよとばかりその年度だけ切り捨て処分して、それ以前の年度はお構いなしとするのは、甘いんだか辛いんだか判然としない話のようにも思えるし。総じて、今回の処分には釈然としない。

採用過程での不正も、べつに受験者側が採用側にばれないような仕掛けをしたわけではない。むしろ受験者の与り知らぬところで受験者の身内と採用側とがたくらんだことである。それで受験者が割をくうのはどうにも不公平なような気がする。採用側で不正をしていた人たちのほうは、天網恢々疎にして漏らさず的に処罰を受けたのだろうか。そっちが先だろうと思うのだが。そっちが先だろうという常識を逆手にとって、若い人を処断することで身内への糾弾に幕を引こうという魂胆なのだろうか。それならずいぶん卑怯な話だ。すくなくとも、彼らに今回の処断を言い渡した人たちは、この若い人たちの人生をけつまずかせたのが自分たちの身内だという責任を意識した態度であっただろうか。子供たちを訓導する先生たちをさらに束ねる教委の人なら、その程度の高潔さは身から滲み出てしかるべきかと思うのだがどうだろうか。

今回の顛末ではどうしても解雇された若い先生たちの身になってしまう。今回の損得勘定は彼らにとって圧倒的にマイナスだった。自身が不正に関与していたわけでもあるまいに。こうして解雇されるくらいなら最初から雇用されなかったほうがその後の経歴に与える影響も少ないだろうに。地元では固いとされる、それこそ不正を働いてでも子を就職させたいほど人に羨ましがられる仕事についたのが一転して既卒の無職者だ。これから職を探すとしても、よい職があるんだろうか。職を探して歩く先々で、ああ採用試験の不正がばれて首になった元教諭かと後ろ指をさされかねないのではないか。

しかし今回解雇された人々にとってもっとも衝撃だったのは、実力で勝ち取ったと思っていた職業が実は不公正の結果であったという、その事実そのものであろうと思う。それを知らなかったのが自分だけという事実がさらに追い打ちをかけたと思う(あるいはそっちが本命か?)。周囲も自分をその程度にしか見ていなかった。就職に際してこれで一人前だと祝福してくれた人々が、陰では自分を半人前と思って不正な下駄を履かせていた。それを知らなかったのは自分ばかり。そういう、いかにも「庇護下にある半人前」の立ち位置に自分があったという事実を思い知らされたことこそが、最大の衝撃ではなかったかと思う。今回、採用取り消しを言い渡されて涙を流した人もあったと報じられ一部ではずいぶん貶されている。しかし同じ立場なら俺も泣くよなと思う(私の両親は私を同じ立場に立たせるような愚か者ではないが)。その涙は解雇に対する涙と言うこともあろうがそれはあくまで二次的なものだろう。まして、けっして、知らなかったから勘弁してくださいという甘ったれた心情から流れる涙ではないと思うのだ。

教委は希望があれば臨時採用で雇うとかなんとか人を小馬鹿にしたような恩着せがましいことを言っているが、いろんな意味で、この若い人たちは大分を出るべきではないかと思う。まずもって、この、教委に責任はないと言わんばかりの被害者面が気にくわない。まあ私が気にくわないからって関係ないかも知れないけれど。でもここで頭を下げて臨時採用で残ったとしても、結局はこの団塊の世代な連中に舐められたまま潰しの利かない年齢までいいように使われて捨てられるだけなんじゃないかと思う。

社会で生きてゆけば知らないうちに多くの人のおかげをこうむっているということに、いつか気がつくものではあろう。ああ自分一人でがんばっていたつもりが俺はまだまだ皆様のおかげでなんとかやっているのだなあと嘆息することは良くある話だと思う(それとも私だけですか?)。その嘆息が成長の糧なのだと思う。それはそうなのだが、しかし、今回のようにあまりにも根源的なところで不正かつ過剰な横やりが入る環境では、知らず知らずにスポイルされてしまう。全く変質してしまった人生を振り返って、これがあの頃の未来なのかと愕然とすることになろう。

それにまあ、そんな親やら恩人やらに取り巻かれた環境で歩き始めるのって息苦しくないですか?と思うのだ。私など小児科医修業を故郷の長崎で始める羽目にならなくて本当によかったと思っている。田舎はどこへ行っても何らかの情報網がつながっている。駆け出し時代の失敗がいちいち親や恩師や恩顧の人々に伝わったらと思うといてもたってもいられない。大手を振って故郷を離れることができただけでも、大学受験へ向けて猛勉強をした甲斐はあったと思う。あのまま親の息のかかるところで医者修業を始めていたとしたら、今の私は今以上にはんちくな人物であったことだろうと思えてぞっとする。

いやそれは私のような凡人に限ったことでもなかろう。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康とほぼ同時代に偉人を3人も輩出しながらついに名古屋が都になれなかったのは、中島らも氏の指摘のように、彼ら偉人とて旧悪を知る人々の多い土地を嫌ったということの現れではないだろうか。海外に目を向けても、かのナザレの偉大な大工も、故郷ではろくろく奇跡を起こせなかったと福音書には伝えられている。ヨゼフのうちの私生児が何を言うとるかとか、長男坊のくせに正業に精を出さず新興宗教にはまりおってマリアさんが泣いとるぞとかいう視線に耐えられなかったに違いないと思う。

でもこの教委の指揮下にある教師たちって、世間の風当たりが強くなったからって若い同僚を無情に切り捨てるんだから、世間の風向きが変わったら教え子を戦場に送り込むんだろうな。

うだうだとそんなことを考えながら新生児搬送1件。
1件では空床は埋まらない。今日も重症2/軽症2.
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by yamakaw | 2008-09-02 22:24 | よのなか

早期からの経静脈的アミノ酸投与

超低出生体重児では、脳室内出血とか慢性肺疾患とか動脈管開存症とかいった合併症がそれほど重篤でなくても、なんとはなく体重増加が悪い。出生予定の時期に体重2500gを越えている子は珍しかった。それが普通だと以前は思っていた。子宮外では自分で呼吸し消化しなければならない。胎盤・臍帯という極めて高度の呼吸・栄養装置を切り離され未熟な肺と腸を未熟な脳がコントロールして自律しなければならない以上、ある程度の歩留まりは避けられないと思っていた。

解決策はコロンブスの卵的に簡単なところにあった。出生当日からの積極的な経静脈的アミノ酸投与である。胎内で臍帯経由で母体から入る潤沢な供給には及ばないにしても、せめて体組織を維持するために必要な1日体重kgあたり1gのアミノ酸を、出生後も絶やさず投与して飢餓期間を作らないようにするというやりかたである。

以前はブドウ糖液で輸液を開始し、日齢2から母乳投与開始、母乳が進まない子には生後1週間をめどに経静脈栄養開始が原則で、アミノ酸も早くても生後5日くらいからの投与となっていた。まだ尿量も出ない不安定な時期からアミノ酸を投与することが代謝に悪影響を与えるのではないかということが、早期からのアミノ酸投与をためらう理由であった。他施設には、糖などのカロリー源を十分に与えない状態でアミノ酸を与えても結局は熱源として消費されるばかりで身にならないと、早期からのアミノ酸投与をしかりつけるお年寄りもあったと聞きおよぶ。

しかし出生当日からアミノ酸を実際に与えてみても、以前に心配していたようなコントロールのつかない代謝性アシドーシスなど生じなかった。生後1週たって浮腫が抜けたあとも、昔のように小乗仏教の修行僧のようなひからびた痩せかたをすることはなくなった。そういう風にいったん痩せるのが当たり前と思っていたので、超低出生体重児たちがみずみずしいままに体重増加に転じることに驚かされた。

それより驚いたのは、その後の体重増加も改善したことだ。だいたいその日の体重の1~2%増加を目標とするのだが(体重800gの子なら1日体重増加が8ないし16g)、慢性期の栄養管理は以前と方針の変化はないのにぐりぐりと体重が増える。あたかも体重増加のモードが胎児期から変更なく続いているとでも言うかのように。これまで当然と思っていた超低出生体重児の緩慢な体重増加は、けっして必然的なものではなく、出生後に数日間の飢餓期間をおかれたために身体の栄養管理モードが変化した結果の、人為的なものだったようなのだ。

ようなのだ、というのは、生理的条件の超低出生体重児というものが原理的に存在し得ないため検証のしようがないのだ。健康上の問題がなければもともと子宮内に居た人々なのである。何らかの事情があって外へ出てきた人々であり、外へ出たということ自体が彼らに無視できない影響を与えている。その何らかの事情あるいは影響がどこまで不可避なものなのか。今の時点で不可避と思っているようなことがじつは避けられることなのではないか。健康モデルが想定できない状況でそれはどうやったら知ることができるだろう。

あるいは避けるべき事なのかどうか。こうして体重増加を維持することが、急激に発達中の脳を守ることにつながるのではないかというのが現在の新生児業界の主流的な考え方であるが、ひょっとしてこの子たちが成人して以降、いわゆるメタボリックシンドロームに悩まされることにはならないのか。多少肥満しても発達の良い方が幸せだろうという考え方を言う人もある。私もその意見にどちらかと言えば賛成なほうなのだが、しかし肥満ながら発達がよいぞ学校の成績も優秀だぞと言って過剰に働いたあげくに若くして心筋梗塞で過労死してしまうということになっては詰まらないと思う。畢竟詰まる詰まらないは一人だけで決まることじゃなくてその時の社会のあり方とかも影響するんだろうと思う。ただこの子らの一生に関して棺を覆って事を定めるとするなら、自分が現役の間には結論は出そうにもない。

こんな単純なことで、みたいな書き方になったけど、中心静脈栄養云々には出生体重500gとか600gとかの子にダブルルーメンで中心静脈が確保できての話なんだからそれなりに技術は必要なのだよ。臍静脈使うにしてもそうたやすいことじゃないし。私はできるだけ末梢静脈からPIカテーテルで確保する方針で居るのだが。腹臥位にしやすいし。

しかし、この方式が良いと分ってみると、これまでこの方式を用いなかった子たちには申し訳なく思う。その時々での最善を尽くしているつもりではいるのだが、進歩の速い分野ではその最善の具体的内容がどんどん変化する。2年前3年前の最善でNICU時期を過ごした2歳児3歳児を発達外来で健診させていただきながら、今ならどうしただろうと思うことはある。そう軽々しく試行錯誤のできる分野でもないんだから目新しいものにつぎつぎ飛びつくのも憚られるしと、この子らの時期に導入をためらったことに内心で言い訳をしてみる。仕方がなかったと思ってみる。思ってはみても、この子らの成長に手柄顔をする気分にはなれない。むしろこちらが救われる思いをさせていただいている。

俺が指導して発達が改善したのだと公然と語れる先生方がうらやましい。多少、いい気なものだと思わないでもない。

空床は重症2軽症2。ちょっと暇なので閑居にしてろくなことを考えない。
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by yamakaw | 2008-09-01 21:42 | 新生児

健康診断

夜勤とか当直とかしているから、ひんぱんに健康診断がある。職場はとうぜん病院だから自前で健康診断をする。労働衛生の管理を雇用者に従属したスタッフがやるのって、何だか、監査が独立していない決算みたいなものじゃないかと思えるんですがね。制度としてそれでいいんですかね。

制度のことはともかくも、健康診断で大丈夫だったら勤務が続けられる。だめだったらどうなるんだろうと時々考える。NICU当直ができなくなった新生児科医をうちの病院は雇っておいてくれるだろうか。たぶん雇う余裕は無いんだろうなと思う。総枠は決まってるし、そしたら当直ができない人の分まで誰かが余計に泊まることになるし。

健康診断と言われるたびに、むかし観た仮面ライダー(シリーズのどれか)の1シーンを思い出す。悪の組織の下っ端サイボーグ(アリコマンダー?とか言ったか)がメンテを受けるシーンである。サイボーグ達がずらっと並んで寝かせられていて、怪しげな老科学者の回診を待っている。足元に老科学者が廻ってくると、サイボーグが頭を起こして「先生、廃棄処分だけは止めて下さい」と懇願する。老科学者は容赦なく、「廃棄」と毛筆で大書された半紙を彼の胸にべたっと貼り付けていく。サイボーグは絶望してがっくりと頭を落とす。

このシーンをテレビで見たときは、こいつら喋れるんだ、と驚いた。子供心に多少は可哀想にも思った。今となっては私自身が、「廃棄処分だけは止めて下さい」と懇願する立場になっているわけで、なんだか物悲しい。

老朽化に伴う廃棄の危惧に加えて、今じゃすっかり医療機関はショッカー並みの悪の組織みたいに扱われているし、いつなんどき正義の味方が乗り込んできて私をバイクで跳ね飛ばしたりライダーキックで蹴り飛ばしたり診療中に逮捕したりするか分かったものじゃないという危惧もある。所詮は下っ端のアリコマンダーだしなあ。白衣を着てるからシロアリコマンダーとでも自称するべきだろうか。ちょっとはしぶとくはびこれそうな気がする。

以下蛇足ながら高校のころを思い出す。吹奏楽部の楽器庫で、先輩がふと思い出したように「なんでショッカーは世界征服なんて言いながら幼稚園児を襲ってばっかり居るんだ?」と言った。当時の私には斬新な視点であったからおおいに驚いた。言われてみればせこい作戦だと思って大笑いした。しかし、いざ小児科医となり父親となってみると、サイボーグが幼稚園児を襲うってのは高校生が考えるよりもかなり恐ろしい事態であるように思える。我々2人の高校生はショッカーよりも浅慮であったようだ。ちなみに、この先輩ものちに医学部へ進まれたのだが、お互いショッカーの一員となろうとは、当時はまったく考えていなかった(と思う。たぶん。医学部かショッカーかと聞かれたらショッカーと答えそうな剽げた先輩ではあった)。

空床は0-0です。すみません。綱渡りしてます。
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by yamakaw | 2007-02-21 23:06

ゼロかマルか

ぎちぎちに埋まったNICUで、それでも陣痛のはじまった早産の赤ちゃんのために空き保育器をひねり出す。公示空床はもちろん0/0である。母体搬送もNOになっている。

空床早見表に書かれたこの○はゼロですよね、マルじゃないですよねと、医師も看護師もみな確認してくる。師長がゼロだよと答えて安心させている。部内ではいちおう安心なんだろうけど、市内の諸施設にはあんまりご安心頂けない。

とりあえず師長には丸文字じゃなくて明朝体を使ってほしいものだと思う。
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by yamakaw | 2006-12-09 21:33 | 日記