こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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買ったーーーーー

「日本沈没」の第2部が出ました。
朝刊の広告で見て、仕事が引けたら本屋に直行して買ってきました。

アマゾンからライフログ引こうと思ったんだけどまだアマゾンにも登録してませんね。
もうアマゾンから送り届けられるのにかかる時間すら惜しいと思いました。
まあ、著者のペンネームのもとになった土地に住んでる訳ですし、
その土地で大学生相手に商売してる本屋に置いてなかったら世も末だと
(いや本当に日本は沈むんじゃないかと)
思いましたが、平積みの最後の一冊で残ってました。
入手の状況としては最善ですね。やっぱりそれなりの土地に住んでるんだね。

大学のころ古本屋で見つけた「日本沈没」を読んでかなりな衝撃を受けました。
普段に当たり前と思っている、ものを考える際に無条件に前提にするような事柄が、崩壊していく。
田舎の高校から京都に出てきたばかりの無邪気な医学生にはもう贅沢すぎるような本でした。

第1部がすでに地元でも古本屋でしか入手できなくなっていた時代から、幾ら待っても第二部が世に問われる様子はなく、ときおり報じられる近影はどんどん年を召されていき、これはもう絶筆かなと失礼ながら思ってましたが。

その間に私は医者になり、阪神大震災を経験し、いまは医療崩壊のまっただ中に居るわけですが。

実はまだ読み出していません。
読み出したら徹夜になるに決まってるんで。
週末に心を落ち着けて読み始めます。
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by yamakaw | 2006-07-13 23:48 | 読書

我々に与えられるのは「彩雲」なのか

未熟児:死亡率に差…専門病院間で0~30% 厚労省調査
の記事にある、「死亡率の低い病院の治療を普及させて、全国的な死亡率低下を目指す。」という下りが気になる。どういう治療法が出来上がるんだろう。そりゃあまあ、さぞや優秀なマニュアルが出来上がるんだろうけれども。

呼吸管理は慢性肺疾患の少ないこの施設の管理法を、急性期の循環管理は脳室内出血の少ないこの施設の管理法を、と、各施設の継ぎ接ぎになるんだろうか。それとも、際だって優秀な特定施設の方法論をまるごと各施設へ移植するものなんだろうか。

そういう、天から降ってくる絵には、胡散臭さを感じる。この絵を飾ればうまく行くはずだと言われそうで、うまく行かない時は功徳とかヤマトダマシイとかが足りないとも言われそうで、その絵って「彩雲」じゃないでしょうねと突っ込んでみる。国力の無さを秘密兵器で逆転しようと画策した敗戦前の軍部と、同じ発想にはまりつつあるような危うさを感じる。

「彩雲」は旧海軍が設計した偵察機である。設計上は極めて優秀な飛行機なはずだった。南方の飛行場も航空母艦もつぎつぎに失って、本土から長距離の偵察機を飛ばさざるを得なくなった日本海軍にとっては救世主なはずだった。しかし実際に現場に降ろしてみると、生産しにくく故障はしやすく、戦場で信じて飛ばせる飛行機ではなかった。事情は以下のサイトに紹介されている。若干過激なところのあるサイトだから、よい子の目のある場所では開かない方がよいかもしれない。

反米嫌日戦線「狼」(美ハ乱調ニ在リ): 日本海軍の傑作偵察機「彩雲」は飛べない飛行機だった!

孫引きになるが結論部分を引用する。

『性能第一主義は機体、発動機、プロペラなどの組み合わせを、それらに実用性があるとないとに拘らず、性能上最も優秀なものを選んでしまい、とにかく安全に飛べる飛行機を早く大量に作ることを忘れていた。その結果、競争用の飛行機や展覧会への出品機ならともかく、戦争に役に立たない飛行機が出来てしまった』(日本航空学術史1910-1945より)


戦争のアナロジーで医療を語るのは些か下品かも知れないが、僕らだってNICUで競争や展覧会をやってるんじゃないんで・・・そりゃあ医療をやってるんだけど、臨床は展覧会よりもどちらかといえば戦争なんで。
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by yamakaw | 2006-07-12 22:55 | 医療関係あれこれ

極低出生体重児の死亡率に格差があるそうな

ふだん拝読しているブログ「新小児科医のつぶやき」経由で以下の新聞記事を読んだ。

 出生体重が1500グラム以下の未熟児「極低出生体重児」の死亡率に、専門病院の間で、0~30%まで差があることが、厚生労働省研究班(分担研究者・楠田聡東京女子医大教授)の調査で分かった。平均死亡率は11%で欧米より低かったが、脳の出血や肺障害を起こす率も差が大きく、病院による治療法の違いで差が出た可能性がある。班は死亡率の低い病院の治療を普及させて、全国的な死亡率低下を目指す。



次の段落を読むと、これは「総合周産期母子医療センター」の調査だそうだ。だものでちょっと他人事気分である。うちは総合じゃないし。だもんで、Yosyan先生よりはセンターに対してちょっと辛口。貧乏病院の僻みでね、年間何千万円から補助もらってるんだから成績評価の一発もやったっていいんじゃない?みたいな。

でも「死亡率が低い」と「優れた新生児医療をやってる」とはイコールじゃないんですよね。

例えば23週なんて超早産の子は消化管穿孔を起こすことがあるから、哺乳開始の時は腸管血流にかなり気を遣うんだけど、たとえ消化管穿孔をおこした極低出生体重児でも、当院では他施設に比べて死亡率が低いはずです。なぜって当院は小児外科がないから、そういう開腹して手術しないと救えないような子は他施設に転送ということになるので。不幸にしてその子が亡くなったとしても、「当院での死亡症例数」にはカウントされないことになります。

でも、当然ですが、転院を引き受けて下さった施設のことを「君ら消化管穿孔の死亡率が高いじゃないか」などと笑うようなマネは絶対できません。まして、「消化管穿孔でも赤ちゃんが亡くならない管理法を教えて」なんて言われても困ります。「消化管穿孔を起こさない管理」なら、ちょっと掴めてきたような気はしてますが、他人様に誇れるほどではないですし。

今回の記事で報じられたセンター間の格差についても、同様の事情があるんじゃないかと思います。頼りにできる先のあるセンターなら、全てを引き受けなければならない状況におかれた孤立無援のセンターとは、成績がちょっとは違ってくるかも知れません。たとえ総合周産期でも、小児外科に限れば近在の「地域周産期」扱いの大学病院のほうが強いとか、心臓外科なら循環器病センターだとか、いろいろ地域の事情による搬送先があったりするものです。実際、先のリンク先で総合周産期云々施設の内訳をごらんいただいたら、意外に大学病院が入っていません。少人数だけど管理が猛烈に難しい(従って死亡率も高い)一群の赤ちゃんを大学が引き受けて(ほんらい大学病院ってそういう病院ですよね)、総合周産期施設は大多数の平均的難度の赤ちゃんをスケールメリットに物を言わせてお世話している、みたいな状況が現実にあり得ます。京都なんてそんな要素が強いんじゃないかな。

先に述べたように私は貧乏な中規模私立病院の人間ですから、8桁規模の補助金を貰ってると伝え聞く総合周産期施設には僻みがあるんで、「総合名乗って銭もらうんなら言い訳めいたこと言わんと実績をだしてみろよ」みたいなことも思ったりしてるわけですが。しかし逆に、蟷螂の斧めいた矜持ではあれ、赤ちゃんを救ってるのは我々草の根の地域周産期だとも思ってるわけで、そういう僻みは潔くないし賢くもないと思ってます。

端的に新生児医療のレベルを比較しようと思ったら、施設間の成績比較よりも、むしろ、地域ごとの成績比較を参考にするべきかと思います。要は、俺たちも数に入れろよって言ってるんですけどね。当該の都道府県で何人の極低出生体重児が生まれてて、どれくらい生き延びてて、そのどれくらいが障害なしなのか。上手くいってる地域では各々の医療施設がどのような配置になっててどのような連携をしているのか。全国を相手にしての医療政策的なお話をするなら、そういうマクロの視点が欲しいと思います。

って、どの口が誰に説教してるんだか。楠田先生の前任は大阪の府立母子だし。大阪と言えば新生児医療の地域化がむちゃくちゃ進歩した土地ですし。医療施設の網の目が、まるでGoogleのサーバ群みたいなネットワークをつくってますし。そのネットワークの最重要のノードを束ねておられた方ですから、そんなことはお見通しだとも思います。
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by yamakaw | 2006-07-10 21:00 | 医療関係あれこれ

上達の法則

上達の法則―効率のよい努力を科学する
岡本 浩一 / PHP研究所



先回に書いた上達云々の話のネタ本。というか、なんか自分で考えたことのように勘違いしてたけど。そういえばそんな本もあったと思って読み返してみたら、先回記事は全然オリジナリティが無いことが判明した。でも自分が書いたものででもあるかのように、本書には違和感がない。読むだに、そうだよなそうだよなと頷かされる。

まあ私とて多少は上達したけれども、小児科診療の上にはまだ上があるはずだし。世界が変わったかのように感じられて、ああ俺も上達したなと思っても、また次の段階で世界が変わって見えたりすると、以前の「悟り」はまだ幼いものだったなと自嘲することになったり。いやもう昔の退院サマリーなんてこっぱずかしくて読めたもんじゃないですからね。本書にも、「脱皮を重ねるようにして上達していく」という表現があるが、そういうことなんだろうなと思う。
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by yamakaw | 2006-07-09 12:09 | 読書

路上教習も5時間目

本当は暇なんじゃないのかという教習所通いも、路上教習5時間目となった。

教習所で聞いたのだが、京都の歩行者と自転車のマナーは全国でもワーストだそうな。救急車に乗ってる実感としても、そうだろうなと思う。緊急車両に道を譲らないばかりじゃないらしい。とにかく信号無視の歩行者や自転車をあらかじめ予想して走れと言われた。

スーパーローテート研修医がやってきてやれやれとか言ってるときに、自分もまた何か新しい技術を身につける羽目になるってのも、また乙な縁だと思う。医者になって初めてサーフロー針を握った時とか、それよりも以前の学生時代に聴診器を初めて他人の胸に当てた時とかの気分を、今また味わっている。研修医たちもまたこんな気分なんだろうねと思ったりする。

何であれ本気で身につけようと努力する、その初めのうちは特に、こんな難しいこと本当にモノになるんだろうかという不安を感じるものだと思う。でも多分、研修医たちよりも私が強気なのは、代償の大きさによることばかりではない。24Gのサーフロー針で超低出生体重児の静脈路を確保するとか、新生児の2音の分裂が聞こえるとか(これは勘違いかもしれんが)、色々と技術を身につける中で、それなりに私は「上達するにつれ、ふと気がつくと世界が違って見える」という経験を積んできた。その感覚で言えばたぶん、自動車の運転もまた、気がつくと世界が変わって見えるのだろうと思える。その瞬間を待とうと構えていられる。むかし神戸で五里霧中だった時代の焦燥感が、今はあまり感じられない。

経験を通じて「上達する」ということ自体の感覚を掴むこと。この感覚を知っている人は、何ごとにつけ、新しいことを身につけるのに一日の長があるんじゃないかと思う。就職時に体育会系の経験の有無を聞かれるのってそういう意味なんかなとも思う。ER第一話のカーター君みたいに座り込んでため息をついてる研修医の人は、自分が何かに上達したときの経験を思い出してみられるのも良いかと思う。

それはそれとして、教習所通いが研修医にばれたら厭だな。これは理屈じゃなしに。
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by yamakaw | 2006-07-07 23:08 | 日記

経団連ってのは恐ろしい組織だよなと思った

労働法制見直し始動 一定年収で残業代なくす制度も提案

年収400万円以上の人には残業手当を払わなくていいようにしましょう、ってねえ・・・絶句。

経団連というのは恐ろしい組織なんだなと見直しました。すごいですね。真面目に「悪の組織」を目指してるんですかね。そのうち、従業員のサイボーグ化を合法化しましょうとか言い出すかもしれませんね。

こういう面々が虎視眈々と、医療の「市場」を狙ってるんですね。
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by yamakaw | 2006-07-03 20:22 | 日記

京都新聞さん悠長すぎますよ

昨日(2006年7月1日)京都新聞のコラム「凡語」にて、「産婦人科の減少」が論じられている。曰く、筆者の奥様が妊娠中、分娩予定日まで2ヶ月近くあるのに陣痛が始まってしまった。

出産予定日まで、まだ二カ月もあったはず。運悪くその日、連れ合いの母親は外に出かけていた。予期しない突然の出来事に、義父はタクシーを呼び娘と乗り込んだまではよかった。ところがどこに産婦人科の病院があるのか分からない▼タクシーの運転手さんの機転で、近くの病院に運んでもらい事なきをえた。義父の困惑ぶりは後で連れ合いから知らされた。もし、あの時、周辺に適当な産婦人科の病院がなかったらと思うと、ぞっとする


という状況だったそうで、帰省中のこととて、ふだん妊婦健診に通っているかかりつけ産科に駆け込む訳にもいかず、さぞお困りだったろうと拝察する。

受け入れた「近くの病院」も奇特な病院だと思う。予定日までまだ二ヶ月もあるっていうとだいたい32週前後とすれば、生まれた赤ちゃんのためにNICUが必要になる。お母さんの身体にも普通のお産にはないような合併症が生じている可能性がある。ふだんから健診などで既知の妊婦さんならまだしも、こういうハイリスクな母子を飛び込みの緊急で引き受けるには、それなりの実力と覚悟が要る。

どれくらいの実力や覚悟が要るかというと、おそらく現在の京都府北部にはこの母子を緊急で引き受けられる施設は残っていないくらいである。

 府北部では医師の退職などで、市立舞鶴市民病院が二〇〇三年六月から、舞鶴医療センターが今年二月から産婦人科を休止。京丹後市立弥栄病院も四月以降、分娩(ぶんべん)受け入れを休止した。

 舞鶴市内の病院では福井県や宮津市からの来院もあり、年間約千件の出産を扱ってきたが、現在、分娩を受け付けているのは舞鶴共済病院と民間開業医の計三病院のみ。「受け皿は満杯。近隣を含め、さらに休止する産婦人科が増えると受け入れが難しくなる状態」(舞鶴医師会)という。

京都新聞 2006年(平成18年)6月17日掲載「産婦人科の医師不足続く中 高まる助産師の役割 舞鶴医療センター外来、妊婦ケア好評」より


これも京都新聞の記事なんですけどね。昨日の論説では、どこか遠くの土地で産科医が減っているかのような、他人事じみた論調なのだが、実際はお膝元の京都府下で、産科医療の崩壊が始まっているのである。京都新聞のこのコラムをお書きになった記者の方は自社記事をお読みになっておられるのだろうか。もうちょっと我が身に引きつけて、自分の問題として考えて貰えたらよいのにと思う。「あの冷や汗を味わわせない知恵がいる。」と結んでありますけどね、その知恵は君も出さないといけないのだよ。子供のおねだりじゃないんだからね。
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by yamakaw | 2006-07-02 11:46 | 医療関係あれこれ

産科はハイリスクでスーパーローテート研修もまともにできない

スーパーローテート制度になってから産科の入局者が減ったとか何とか。

うちの小児科でお預かりしてる研修医姉は、産科ローテートを振り返って
「何もやらせて貰えなかった・・・・」と仰ってます。

「君たちの労働力には何も期待していない」
「君たちにやらせる仕事は何もない」
明言されたそうです。
ほんとに何もすることがなかったそうです。
だったら他の病院にでも出してくれと願い出ても、
院内にいるようにと指示され、足止めされていたそうです。

私が将来を思案中の研修医なら、そんな扱いする科には行かないけどな。

これだけ産科医療がリスキーになってるご時世に、ひよっこに要らぬ手を出されてトラブルの元を作りたくない。ええ、当然のリスク管理だと思います。リスク管理ってのはすなわち、安全の代償としてどれだけの不便を甘受するかってことですから、そこはそれハイリスクのお産ばかりの大学病院産科のこと、「研修医にいっさい手を出させないという不便」を甘受することで、医療の安全性をより高める方針なのでしょう。

でも、スーパーローテート研修医に、将来に産科へ進む気を無くさせる(あるいは、最初から産科を選択肢にさせない)というのは、甘受するにしても高い代償だと思います。すごく利率が高い借金であるように思えます。払うのは将来の産科医局ばかりじゃなくて、将来の妊婦さんや赤ちゃんたちにのしかかる借金だしね。
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by yamakaw | 2006-07-01 18:34 | 日記