こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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カテゴリ:読書( 90 )

フィギュア王 聴診器に菌のマスコットはまずいでしょうね

フィギュア王 No.128 (ワールド・ムック 745) もやしもん 秋の菌祭り
/ ワールドフォトプレス
ISBN : 484652745X

愛読している「もやしもん」の特集であったとのことで、妻が買ってきた。こういう世界もあるのかと興味深く拝読した。

もやしもん特集は各種の菌のフィギュアを並べてあった。聴診器のマスコットにどうだろうと思って物色したが、いまひとつピンとこなかった。というか、やっぱ菌のマスコットを聴診器につけてるのってまずいでしょうよ。ときにかわいらしい人形などつけておられる先生があるが、ああいうものはどこから手に入るんだろう。

アスペルギルスって要するにコウジカビなんだねというのは「もやしもん」を読んで初めて知ったことである。

少女のフィギュアの写真もたくさん掲載されていた。近年芸術的価値が世に認められつつあると聞いてはいたが、なるほど妖しく美しいものだと思った。

色々と訳のわからない商品も掲載されていた。1体2万円のジャギのフィギュアなんて誰が買うんだろう。頭をすげ替えたらアミバにもなるというトキのフィギュアに至っては原作をリスペクトしてるんだか小馬鹿にしてるんだかわからない。
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by yamakaw | 2008-09-30 18:31 | 読書

「ハックルベリー・フィンの冒険」と裁判員制度のこと

ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫)
マーク トウェイン / / 岩波書店
ISBN : 4003231155
ハックルベリー・フィンの冒険 下  岩波文庫 赤 311-6
マーク トウェイン / / 岩波書店
ISBN : 4003231163
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子どもの頃からわりと読書は好きだったつもりだが、なにか読む気がしなくてハックルベリー・フィンのほうはしまいまで読んでいなかった。改めて読んでみたわけだが、いやこれは子どもの物語ではないですね。

物語の中で、ミシシッピー川の流域を渡り歩いていた詐欺師がついにその悪事が露見して、住民にリンチにされる場面がある。町じゅうの人が熱狂して、悪党二人の身体にタールを塗って鳥の羽根を突き刺し、ミシシッピー川へ放り込むべく担ぎ出してゆく。

英語のlynchという動詞は、単に法律にもとづかない制裁を加えるというのみならず、最後に殺してしまうというところまで含んだ語だと聞くので、この情景もじっさいにあり得た情景なのだろうと思う。

で、ここから先は私が勝手に思ったこと。彼の国の陪審制度というのは、けっして既存の裁判制度に住民参加を促すために成立したものではなく、実際のところはこういう熱狂的な暴徒と化しやすい住民を裁判制度から閉め出すために成立した制度なのではないかと、物語を読んで思った。何人までなら法廷に立ち会わせるからそれで納得して被告人を殺さず司法に引き渡してくれということで。

大野病院事件では控訴しなかったなあと、締め切りの日を迎えて安堵。
今日も二人の入院があったがそれでも空床は重症2/軽症2。
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by yamakaw | 2008-09-04 21:52 | 読書

地球温暖化とファイナルファンタジーⅩ

地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す
ビョルン・ロンボルグ / / ソフトバンククリエイティブ
ISBN : 4797347236


ビョルン・ロンボルグ氏によれば今の温暖化対策としての温室効果ガス削減では、温暖化を防止できるわけではないという。せいぜい温暖化を5~6年先送りする程度の効果であると。

たったそれだけの効果のために、とくに排出権取引みたいな得体の知れないことに巨額の金をつぎ込むのはどうなのかと氏は問う。それよりもいま現在の貧困対策にお金を使ったらどうなのか、同じ額のお金をHIV対策とかマラリア対策とかにつぎ込んだほうが、救える人命はよほど多いという。国同士で約束するとしたら、GDPの何パーセントを温室効果ガスを出さないエネルギーの開発に使いますとかいった内容のほうがいいんじゃないかとも言う。彼の目指すところは、温暖化そのものの防止より(そりゃまあ防止できたらそれに越したことはないんだが)、温暖化してもやっていけるようなタフな態勢の構築のようだ。

たった5~6年というのはなんだかファイナルファンタジーXの「ナギ節」を彷彿とさせる。ゴアのナギ節とかフクダのナギ節とか呼んで欲しい人もいるんだろうかと思う。人類の罪あるいは排出する温室効果ガスのために「シン」あるいは地球温暖化という怪物が世界を脅かすようになり、世界を支配するエボン寺院は機械を使うのが人間の罪であるといい、その罪のためにシンが生まれ人が集まって繁栄する場所を襲ってくるようになったと説く。ちょうど人類が排出した温室効果ガスのために生まれたシンあるいはハリケーン・カトリーナが、海から襲ってくるように。

思想もまた厳しく統一されている。世界はシンに対する恐怖で凝り固まっているので思想といってもシン対策のバリエーションに過ぎないのだが、エボン寺院が唯一認めるのは「究極召喚」によるシン打倒のみ。他の方法を提唱したりしたら異端として厳しく糾弾される。ロンボルグ氏も科学界で袋叩きも同然の目にあっている。しかし究極召喚によりシンを倒し、シンの来襲を恐れないで済むナギ節と呼ばれる期間が訪れたとしても、やがてシンは復活し、ナギ節(過去1000年のあいだに4回かあったらしいが)は終わりを告げる。そういうものらしい。究極召喚の核心を握る登場人物によれば「人の罪が消えることなどありますか?」ということで人間は永遠にシンに苦しめられる運命らしいが、IPCCのコアなところには「温室効果ガスが消えることなどありますか?」とか曰う人もあるのかも知れない。

ゲームの主人公であるユウナたちは、究極召喚ではなく、自分たちの技を地道に鍛えてシンに挑み、ついに打倒し、永遠に続くナギ節をもたらす。そういう夢物語みたいな解決は地球温暖化については誰も提示できないけれど、でもロンボルグ氏の説くところのほうがユウナたちの路線に近いものがある。得体の知れない効いてる期間も短いものに、その派手さに判断停止して有り金ぜんぶ賭けるようなことはせず、地道に実効性のある対策を重ねていこうよという提唱である。ただ彼の説くところはファイナルファンタジーⅩ世界で言うならシンに襲われても平気な世界ということになるから、一部の人には受け入れがたいのも当然かと思う。でもなあ、海からシンが襲ってくるのになんでポルト・キーリカは海辺に木造建築の村を作ってるんだよとか(あれじゃあシンのまえに台風で潰れるぜ)という突っ込みは私もしたしなあ。ハリケーン・カトリーナなんてルイジアナ州上陸時には5段階中の3段目くらいのレベルなんだし、それで犠牲者が多く出たのは貧困層を川の氾濫原に住まわせて治水対策も怠ってたからだろという反省はあってもいいと思う。


個人的にはリュックのほうがすき。
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by yamakaw | 2008-07-18 21:31 | 読書

小児神経科長期フォローアップ

小児神経科長期フォローアップ
佐々木 征行 / / 診断と治療社

慢性の神経疾患で在宅人工呼吸管理になったりならなかったりなれなかったりした患者さんたち9例の長期経過を、とくに治療方針の決定に関する家族との対話を中心に述べた書である。マニュアルというよりはナラティブ的な一冊である。家族の立場からの報告はなくもなかったが、医師による類書は初めてではないだろうか。何の縁でかグーグルの検索で当ってきたので、さっそく購入して一読した。

暗中模索を余儀なくされてきた医師の一人として、貴重な指針となる本だと思った。なんでもっと早く世に問うてくださらなかったかと慨嘆すらした。今後はおりにふれ読み返すことになろうと思う。むろん本書に盲従しようと思ったわけではない。批判精神を欠いた読み方は著者も欲しないだろうと思う。盲従はしないが、しかし、類書は今まで管見のおよぶかぎり一冊もなかったのである。暗中に光を得た思いがする。

著者は国立精神・神経センター武蔵病院小児神経科の部長を務めておられる。当然、斯界の第一人者のおひとりである。その佐々木先生にしてここまで迷われるかと思えたほど、揺れ動いては熟慮を重ねて歩を進めて来られた様子が紙背に伺える。その先達の背中に力づけられた。

色々と難しげなMRI所見や神経生理学的検査所見が載っているが、本書は医師以外にも在宅の重症児にかかわるすべての職種の人にお読みいただきたいと思う。そうは言っても高価だから経費で落とせない立場の方々にはお勧めしにくいが、しかしご家族のみなさまの感想もぜひお伺いしたいと思う。
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by yamakaw | 2008-05-18 18:35 | 読書

文藝春秋6月号「医者さえ転落する」

文藝春秋6月号の「ルポ 世界同時貧困」なる特集の一部として「米国 医者さえ転落する」という記事があり、読んで背筋を寒くした。年収20万ドルを得ていた医師が、医療過誤保険の保険料が年額18万ドルになり、手元に残るのは2万ドル以下と、ワーキングプア同然の水準に転落してしまったという事例が報告されていた。加えて、救急にあふれる無保険の患者と利益中心の病院経営との板挟みで鬱になり、仕事を続けられなくなり、低所得者用食糧配給切符を受給することになってしまった。

「まさに転がり落ちた、という表現がぴったりの状態でした」と、デニスはその時のことを思い出すようにして語る。
「振り返ってみれば、あの時の自分を鬱にしたものは切り捨てられてゆく患者や生活が貧しくなってゆくことよりも、社会に裏切られたというショックだったんだと思います」
「裏切られた、とは?」
「医者である自分は、国に守られているはずだという自身がありました。尊敬される立場、経済的にも安定し、多くの人のいのちを救うこの仕事に誇りを持てること。それは社会的に認知され、ずっと続いてゆくはずだったのに・・・。一体どこからこうなってしまったんでしょう?」
毎月送られてくる食糧配給切符を見ながら、デニスは時々思う。これは悪い夢ではないかと。


俺もまた10年後には、これは悪い夢ではないかと思いながら生活保護の受給の行列に並んでいたりするのだろうか。
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by yamakaw | 2008-05-11 17:32 | 読書

戦艦大和ノ最期 「コノ大馬鹿野郎、臼淵大尉」

戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫)
吉田 満 / / 講談社
ISBN : 4061962876

著者吉田満氏は戦艦大和の最期の哨戒直であった。大和の艦橋の、艦内の各所からの伝声管や電話が集中する場所に居て、各所からの報告を刻々と艦長や艦隊司令長官に伝達する役目である(艦隊司令長官は彼の目の前に座っている)。つまり彼は大和が沈没するまでの一部始終を現在進行形で知る立場にあった。

そういう部署に、このような文才を得た人がまさにそのときに居て、生き残り、本書のような証言としての価値を超えて古典文学として生き残るべき文章を遺したという点、何らか人智を越えた意志を感じざるを得ない。

おそらく戦艦大和についての最初の証言であろう本書に、すでに、戦闘にかんして大和がいかに劣悪な兵器であったかが証言されている。それでどうして現在も大和といえば日本の誇る当時最新の兵器という好評を得ているのか、不思議でならない。

更ニワガ機銃員ノ、過量ナル敵機、相次グ来襲ニ眩惑セラレタル事実モ蔽イ難シ
宜ナルカナ、二十五粍機銃弾ノ初速ハ毎秒千米以下ニシテ、米機ノ平均速力ノ僅カ五乃至六倍ニ過ギズ
カクモ遅速ノ兵器ヲモッテ曳光修正ヲ行ウハ、恰モ素手ニテ飛蝶ヲ追ウニ似タルカ


機銃の弾丸の速度が遅すぎてまるで当たらないというのである。もとより、イージス艦ならまだしも、戦艦から飛行機を人力の照準で撃つという攻撃法がそもそも有効なのかどうかという議論もあるくらいなのに、まして機銃の性能が劣悪では話にならない。

しかも、甲板に機銃員がむき出して居る限り、大和はご自慢の主砲が撃てないのである。撃てば爆風で機銃員が海に振り落とされるからである。

そのような劣悪な兵器が、零戦とならんで、なにかというと日本の伝統精神の象徴のように語られているのも、また、人智を越えた誰かさんの冷笑を感じる。

それはそうと、大和の最期にさいして、ある登場人物について私はひとつ誤解していたので記しておく。

最近頻発セル対空惨敗ノ事例ニオイテ、生存者ノ誌セル戦訓ハヒトシクコノ点ヲ指摘シ、何ラカノ抜本策ノ喫緊ナルコトヲ力説ス
シカモコレラニ対スル砲術学校ノ見解ハ、「命中率ノ低下ハ射撃能力ノ低下、訓練ノ不足ニヨル」ト断定スルヲ常トス ソコニ何ラノ積極策ナシ
砲術学校ヨリ回附セラレタル戦訓ノカカル結論ノ直下ニ、「コノ大馬鹿野郎、臼淵大尉」トノ筆太ノ大書ノ見出サレタルハ、出撃ノ約三ヶ月前ナリ


臼淵大尉といえば、さきの映画でカズシゲ氏が熱演されたという(けっきょく観てないが)青年士官である。唯々諾々と死ぬのが本望のおめでたい人かと思っていたがどうしてどうして。いろいろな意味で深くて篤い人だったようだ。

「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ
日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ


彼のこの台詞ばかりが注目を集めがちで、国のための自己犠牲の見本みたいに称揚されているが、しかしそういう人たちが主張する改憲ってのは「私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レ」ているように私には思える。ネタにされるのは彼にとっては大いに迷惑だろう。それこそ「コノ大馬鹿野郎」と罵倒されそうに思える。
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by yamakaw | 2008-05-05 18:08 | 読書

臨床力ベーシック 

臨床力ベーシック―マニュアル使いこなしOS (CBRレジデント・スキルアップシリーズ (2)) (CBRレジデント・スキルアップシリーズ (2))
黒田 俊也 / / シービーアール

マニュアル使いこなしOSと銘打ってあるので、てっきり、医者の脳内で各種情報がどう処理されているかといった、いわばメタ診断学のような内容を期待していた。しかしレジデント相手の書物でそんな高尚な内容を期待しても無理なんだろうな。実際には、システマティックレビューで網羅的に診察する方法の推奨であった。

その方法論は、初学者なら、たしかに、一度は通らなければならない道である。私など、もはやとうてい初学者などと言ってられない年代の医師にも、時には思い返してみるのもためになることだ。そういう意味では、本書を読んだことには大いに意義があったと思う。

しかし病院中のベテランがいちいちシステマティックレビューを毎回やれるかどうか。外来で一人30分かけられる病院ならそれも可能だろうが、応需義務と保険診療の制約の下で医師全員がそれをやった日には病院経営が立ちゆかないだろう。せめて初診外来だけでもその程度の時間がかけられたらと思うのだが。

実際にはシステマティックレビューなんて贅沢な手間と時間の使い方が許されるのは病院の医師のなかでもごく一部の人数に限られる。レジデントとその指導医とか。○○リーグ医師とか言ってもてはやされる指導医たちがシステマティックに診ている陰には、大人数かつ大多数の患者さんを「捌く」かのように診ている医師があるはずなのだ。彼らの働きがなければ病院は回らない。いかに天下のK田でもね。

にもかかわらず、そういう医師に対する「あんなふうにはなるなよ」とでも言うかのような蔑視的な視線が感じられて、私は本書にはなかなか好意的になれない。

本書には繰り返し、たくさんの患者さんを診るが診療が甘い医師と、数は診ないが奥深い診療をする医師とが対比され、前者の見落としを後者が発見して一件落着という逸話が語られる。一部始終を見ていたレジデントはああ後者のような診療をしなければと深く納得する。

しかし来院する患者を拒めない日本のシステムにあっては、来院された患者さんは全員その日のうちに拝見しなければならないわけだから、前者の働きがなければ後者はそのスタイルすら保てない。その視点が先達によって明示的に示されないと、世間を知らないレジデントはどうしても前者をバカにするようになる。かつての私がそうだったように。

にもまして、数はこなすが診療の浅い医師と数はこなさないが診療の深い医師の対比って、それはほんとうに世間によくある話なのだろうかと疑問である。臨床にも世間一般にも、仕事が速くて的確な人と仕事が遅くてしかも出来の悪い人との対比のほうが、よほどよくあるお話のように思えるのだが、読者諸賢の身の回りでは如何だろうか。著者を中傷するようで恐縮だが、数はこなすが診療の浅い医師云々の構図は、仕事の遅い人が抱く願望あるいは幻想的な存在なのではないかと、昔より多少は数をこなせるようになった私は思うのである。昔は俺もそんな仮想敵をあいてにいろいろ憤慨していたなあと。いやまあ、全部が仮想だったかどうか検討し始めるとオフラインで色々とカドが立ちそうだから止めておきますが。

仕事が速くて的確な医師は、むろん必要時にはシステマティックレビューもするんだろうけれど、他にもいろいろな認識システムを使いこなしているはずなのだ。なかば無意識的に運用されている、そういうシステムがどういう構造になっているのか、分析したような書物を是非読みたいものだと思う。
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by yamakaw | 2008-05-04 14:37 | 読書

マイクロソフトでは出会えなかった天職

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった
ジョン ウッド / / ランダムハウス講談社
ISBN : 4270002484

著者の業績をけっして貶める意図ではないが、おそらく、この凄い人も、ただ単に休暇で訪れたさきの貧しさ悲惨さだけでは動かなかったと思う。心を痛めつつマイクロソフトの仕事に復帰して、そのまま北京でのマイクロソフトの販路拡大に奔走し続けたことだろう。彼を動かしたのは、貧困ではなくて、その貧しい中にあって飢えたように学んでいるこどもたちの熱意やぎらぎらした欲求の貢献がかなり大きいんだろうなと思った。

当直室で本書を読みつつ娘のことを考えたのだが。こうやって知識欲に目を輝かせながらネパールの山奥で英語の本を読みこんで育ってきた面々と、これからの人生で出会っていくことになるんだろうなと。彼らに太刀打ちできるほどの、そういうぎらぎらした生命力を彼女も備えているかどうか、ちょっと心配にはなっている。

些事ながら、著者は中国におけるビル・ゲイツ氏の不適切なふるまいにほとほと幻滅した様子で、それもまた著者がマイクロソフトを辞める遠因となっている。どうしてあれほどの大企業が、トップに据えた自閉症者にジョブコーチの一人もつけられなかったのか不思議でならない。
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by yamakaw | 2008-04-09 21:34 | 読書

万年筆が欲しくなる本2 読者を「あんた」よばわり

万年筆が欲しくなる本 2 (2008年版)―あんたの万年筆がきっと見つかる… (2) (ワールド・ムック 714)
/ ワールドフォトプレス
ISBN : 484652714X

発売されたと聞いてアマゾンを検索して驚いた。「あんたの」というワイルドなつかみ文句がじつに斬新だ。顧客を「あんた」呼ばわりして客商売が成り立つ人ってゴルゴ13くらいしか知らない。この会社は大丈夫なんだろうかと思った。

画像を拡大してみると表紙には「あなたの」となっているからアマゾンのミスなんだろうけれども。こういうときアマゾンは発行元に対してどういう対応をするんだろうか。

万年筆が欲しくなる本―あなたの万年筆がきっと見つかる… (ワールド・ムック―HEART LINE BOOK (635))
/ ワールドフォトプレス
ISBN : 4846526356
スコア選択: ※※※※

じつは1冊目ならもっている。書斎に転がしておいたら、娘が目をまるくして眺めていた。要は価格帯ごとに主要各社の万年筆を写真入りで紹介してある書物なのだが、中の「ラブレターを書くために使いたい万年筆」と称する一節で、価格が10万円前後の万年筆をならべて紹介してあった。ラブレターを書くための筆記用具に10万円もつっこむようなバカな男にひっかかるんじゃないよと娘には注意しておいた。たぶんそいつはひどく自己愛の強い人間だからいろいろ苦労するよと。その万年筆をプレゼントにくれるならまだしも。
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by yamakaw | 2008-04-03 19:19 | 読書

城繁幸「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」内田樹との対決

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))
城 繁幸 / / 筑摩書房
ISBN : 4480064141
スコア選択: ※※※※※

土曜の午後(午前は仕事)、「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」を一読した。
「若者はなぜ3年で辞めるのか」の続編である。どこへ行ったのかと括られると、いかにも落剥したような印象を与えるが、本書では「3年で辞めた」若者がその後もタフに働いている姿が報告されている。報告例では仕事の内容も報酬も充実していて、負け惜しみではなく辞めてかえって成功している。著者は、彼らの姿に照り返されていよいよ輝きを失う、年功序列に代表される昭和の価値観を本書でもてひどく批判している。

ひとりでは生きられないのも芸のうち
内田 樹 / / 文藝春秋
ISBN : 4163696903
スコア選択: ※※※

内田樹先生は近著「ひとりでは生きられないのも芸のうち」において、「若者はなぜ3年で辞めるのか」を批判している。要約すれば、城氏はけっきょく人生は金がすべてだと思ってるんだろう。こういう主張をする人間は、今は若い者の立場に立っていても、年老いたらこんどは老人の既得権を最大に生かして若者を搾取するんだろうから信用ならない。労働というのは他者のためになされることなのだよ。自分にあった仕事なんて行っててはいかんのだよ。云々。

その批判を内田は以下の問題提起で開始する。

私が考えこんでしまったのは、これは仕事とそのモチベーションについて書かれた本のはずなのに、この200頁ほどのテクストのなかで、「私たちは仕事をすることを通じて、何をなしとげようとしているのか?」という基本的な問いが一度も立てられていなかったからである。


たしかに「若者は・・・」において城氏の著述はもっぱら現状分析にとどまっていた。しかし「基本的な問いが一度も立てられなかった」は内田先生最後まで読んでなかったでしょうと申し上げるしかない。この問いは確かに立てられていた。答えが出されていなかっただけである。その回答を城氏は本書「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」で示したと私は理解する。

城氏の「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか」を一読したうえでは、内田先生の批判はいかにも昭和的価値観の範疇を出ないもののように思える。釈尊の指に署名して上機嫌な孫悟空を彷彿とさせる。そもそも、城氏の分析によれば今の若い者は年老いたところで今の老人が享受している既得権など手にしようがない。そんなもん期待しようがないと見切りをつけて若者は3年で辞めていくのである。

「何をなしとげようとしているのか」という基本的な問いとおっしゃるが、それを上の世代が一度でも立てたことがあったのか?と内田先生に逆に問いたい。それを体を張って示す先達を職場に見いだせなかったこともまた、若者の離職に拍車をかけているのであると、城氏は分析している。何を?昭和の遺残組は滅私奉公と引き替えにした年功序列の出世しかなしとげようとしなかったじゃないかと城氏は反論しているかのように、私には読めた。

しかし、内田と城がまったく対立しているかと言われると、どうにも。結局この二人は似たような主張をしているだけではないかと、私には思えるのだがどうだろう。内田先生の、城君の言ってることは間違いなのだよという言に引き続く、人の世のなりたちは本当はこうなってるんだからねと説かれるその説諭は、ほとんど城氏と異口同音のように思えるのだが。振り返るに内田先生は城氏の分析する年功序列型のレールをずいぶん早くから降りてしまって我が道を進んできた大先達なのだから、けっきょく彼の来し方は城氏の理想に近いのではないかとも思える。城氏には、次の企画として、内田先生のインタビューを是非やって頂きたいものだと思う。案外と気が合って、おもしろい対談ができるかもしれない。

誉めるばかりでは済まさないという当ブログのポリシーに沿って、「3年で辞めた若者はどこへいったのか」に一矢つっこむとすれば、3年で辞めた連中の皆が皆そんなに信念を貫き通して成功してるわけではなかろうということは是非申し上げたい。城氏の尻馬に乗ってか乗らないでか早々と辞めてはみたけれどやっぱり上手くいかなかったよと、不遇をかこつ人も実際にはあるんじゃないかなと私は思う。それもまた人生と覚悟してその後の道をみずから切り開けるほどの強さを、城氏が思ってるほどの水準でそなえた若者は、城氏が思うほどには多くないんじゃないかと危惧する。内田先生が城氏のような思想を目の敵にされるのも、その危惧をお持ちだからなのではないかと思う。教え子が城氏に毒されて人生を誤るかもという危惧をお持ちなんじゃないか。

冷たく言い放つとすれば、城氏はそれにも答えを出しておられるのだが。最近の若者はなっとらんと昭和的価値観の企業の御大がぐちる中、優秀な若者はどんどん海外をめざしていると。

しかし、彼らの口からは、それら大企業の名前は一社たりとも出てはこなかった。なんと30人中29人が、外資系企業の名を上げたのだ(ちなみに、残り一人はテレビ局)。一人ずつ志望先を聞いていくうち、だんだんと顔がこわばっていったのを覚えている。
 大学名や就職活動に対する真摯さから見るに、彼らは90年代であれば、おそらく日系金融機関や官僚といった道に進んでいた層だろう。少なくともそんな彼らは「日本企業が割に合わない」という事実に、とっくに気づいているのだ。要するに「やる気があって前向きで、アンテナの高い学生たち」から、日本企業の側が見捨てられているわけだ。

 
ようするに嘆く君らの周囲にはそれだけ質の低い連中しかいないのだよということだ。とすれば、内田先生が、学生が英語ができないとか連立方程式がとけないとか仕事に関する覚悟が甘いとか、あんまり若者を腐してばかりいると、勤務先の大学で内田先生と縁のある若者の質がだんだんと知れてくるということはないのだろうか。学生に迷惑でなければよいのだが。
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by yamakaw | 2008-03-29 21:42 | 読書