こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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朝青龍引退

かねてよりファンの末席に連なってきた者として、朝青龍の引退は衝撃であった。力士の力はただ事ではないから、力士ではない者への暴力沙汰というのはいかにも致命的で、さすがに引退は仕方ないかなとは思う。ただその事実関係の経緯については詳細不明にて何とも。かの第60代横綱双羽黒の引退の騒ぎも、今にして振り返れば双羽黒側にずいぶん不当な経緯だったと聞くし。

けっきょく本人も師匠も周囲も彼の強さを扱いかねていたんだろうと思う。人智を超えて神から授かったとしか思えないような理不尽な強さであった。ただ強いと言うだけで横綱になった、たいへんシンプルな横綱であったと思う。今後も、史上最強の横綱は誰という話題になったら、かならず彼の名前が挙がると思う。

そのシンプルさ故に私は朝青龍が好きだった。弱いんだけど頑張ってますみたいな判官贔屓の必要な強さではなく、本当に彼は強かった。白鵬もかわいそうに、これからいくら頑張っても、ここに朝青龍が居ればという呪詛から逃れることはできない。居ない人は倒せない。

ただその強さを誰も(本人すら)コントロール下に置けなかった。それをコントロールしようと口喧しかった人の職業が脚本家だったというのもなにか象徴的な話だったと思う。彼女は自分の脚本みたいに彼を操りたかったんだと思う。ただ彼女には気の毒だが、彼女が脚本を書いたドラマに、朝青龍が活躍した大相撲ほどにおもしろい作品をひとつも思い出せない。たぶん彼女はその作品に寄らず、朝青龍の天敵として、後世の記憶に残るんだろうと思う。

それをコントロールしようとして、土俵での仕草がどうだとか左利きなのがどうだとかいったあれこれの、およそ大人が大人に対して言うこととは思えないハラスメント的なご指導が幾たびもなされた。それは朝青龍が他の意見に耳を貸さないことに言い訳するネタを与える以上の意義を持たなかった。逆に、彼が再々に渡って稽古場でライバルを負傷させてきたとする醜聞に誰か何か言ったか?と問いたい。何か言うならそこに言えよと思う。それを指導できない相撲界には指導できないだけの事情があるんだろうけれど。いったい大相撲の歴史を振り返って、朝青龍に石を投げて追放できるほど美しいありかたであったか?

なにさま、神が与える力士の強さすらコントロールのもとに置きたがる性根が、ひどく嫌らしいものに思える。人智を超えたものにたいする畏敬の念のなさ。まさにそれを象徴したのが、朝青龍の優勝をまぐれと断じた、かの女性脚本家の態度であった。自分に理解可能な範囲を超えたことを矮小化して片付けようとする態度。いったい国技に対する敬意があるのかと彼女にこそ問うてみたかった。

一頃盛んであった医療バッシングにも通じるものを感じて、朝青龍の攻撃され方には他人事ではないものを感じる。死こそまさにコントロール下に置けないものの代表なのだと思うが、それすらを尊厳死とか何とか言ってコントロールしようとし、予期しない死には医師の訴追を持って報いる、その同じ考え方が朝青龍の強さを許容しなかったのだと思う。




がんばれ朝青龍
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by yamakaw | 2010-02-07 14:17 | よのなか