こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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身体を割るとは、と、シンクロをみて思った

シンクロナイズドスイミングの演技に思うのは、あの競技の目指すところは何かと言うこと。

特に日本代表の演技には、なにか「優雅さ」っていう観点で物足りないものを感じる。
日本人形にしても浄瑠璃の流れるような動きではなくて、お茶を運んでくるからくり人形の動きのように見える。
それがかの競技の目指すところだと言われたら、それでもまあよいかとおもうのだけど。

内田樹先生のサイトで武道に関して繰り返し論じてあるが、日本代表の演技ももうちょっと細かく割った方が良いのではないかと思った。

私は最近ずっと「時間を細かく割る」というのが武道的な効果に結びつくという仮説について考えているところなのであるが、昨日は多田先生の口から、まさにその同じことばが出てきて一驚を喫した。

 

先生は「冴え」と言われた。

何百分の一秒という時間に身体をどう動かすかという精密な稽古をしないと技の「冴え」は出ない。

どれほど長い時間つらい稽古を重ねても、それだけでは技は「冴え」てこない。

強い動き、速い動きと「冴えた」動きは違う。

「相手が百分の一秒の間に動く動きを、こっちは一万分の一秒の尺度で見ているんだから、どんなに速くたって、遅いよ」

と多田先生はおっしゃられた。

問題は物理的な時間量のことではない。主観的な時間のことである。

主観的な時間というのは、「どれだけ持続したか」ではなく、「どれだけ細分化されたか」によって遅速の差が生じるものなのである。

 


演目が「阿波踊り」ねえ。阿波踊りが格好悪いというつもりはないですよ。でもねえ・・・受けるのかな阿波踊りが。「ドラえもん」じゃあダメなのかな。「ゴジラ」は?「ドラゴンボール」ならどうなのだろう。なんで「阿波踊り」?選択眼が体育会系を抜け出切れてないのかな。
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by yamakaw | 2004-08-27 12:46 | 日記