こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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戦争に負ける手続きすら知らなかった

半藤一利さんの「昭和史」を読んで色々と勉強になりました。その一つが、太平洋戦争は始める手続きも失敗したけど終わるときの手続きも阿呆だったってことです。

8月15日は本来「終戦の日」と呼ぶべき日ではなさそうです。あくまでもこの日は無条件降伏の意向を日本が表明した日です。戦艦ミズーリの船上で降伏文書に調印したのは9月2日です。例えば8月20日あたりに旧連合国の一国がとつぜん本土に上陸侵攻していたとしたら、それは国際法違反だと言えたのでしょうか。「まだ日本は正式には降伏してないんだから我が国と日本は交戦状態にある。内部的にどんなラジオ放送していようが当方の関心事ではない」って言い張られたら辛かったんじゃないかな。





組織的な戦闘は停止しますって一方的に宣言はしたけれど正式には降伏していなかった。これは迂闊にも自分で自分を国際法的に「やられ放題」の立場に置く危険な状態ではなかったのでしょうか。戦争に負けるときの手続きを知らなかったってことですかね。ナイーブですね。たとえばドイツはベルリンが陥落してからたった2日後には降伏文書に調印しちゃってるでしょ。負けを認める前にちゃんと極秘に根回しして「やられ放題」の時期を出来るだけ短縮したのではないでしょうか。

実際には8月15日以降の日本に対してなにか仕掛けて自国の取り分を増やそうなどと考えたら、必然的にアメリカを怒らせることになるので、それで誰も手を出さなかっただけって事でしょ。ソ連が旧満州でやりたい放題をやり千島樺太を占領した裏には、この程度ならアメリカもそれほど怒らないだろうという目算があったはずだと思います。樺太やウラジオストックから北海道や秋田新潟に上陸してきて東北上越地方以北を占領してしまうって選択肢も、国際法の理屈の上でだけなら「あり」だったんじゃないでしょうか。

今頃札幌か仙台あたりに「北日本民主主義人民共和国」の「総書記」が居てたかもしれんですね。そして私らは宣戦布告が真珠湾攻撃に遅れたことよりも遙かに、玉音放送が降伏文書調印よりも遅れたことを後悔し続けていることになってましたね。
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by yamakaw | 2004-08-16 11:41 | 日記