こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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母乳とミルク、米とスターチ

たとえばトウモロコシやジャガイモから得られたスターチを射出成形とかなんとかで直径数ミリメートルの楕円形に成形したとする。その粒の成分を分析したら炭水化物やらタンパク質やらが相応含まれていたとして、それを根拠にその粒を米と称してよいかどうか。その粒を多数集めて加水し高圧下に加熱して糊化させたとして、それを飯と呼ぶかどうか。その糊化したものを俵型に固めてワサビを塗り魚肉を載せたものを、寿司と称して出されたら寿司屋の客は納得するかどうか。

母乳と人工乳の関係というのは、この米と成形スターチとの関係だと私には思える。いくら我が社の人工乳は分析したら母乳同然の栄養分をふくんでいますと人工乳のメーカーに宣伝されても、だからってそれが母乳と同格と言いたくないのは米と成形スターチを同格と言いたくないのと同じである。母乳育児は栄養ばかりではなく文化の問題でもあるのだ。

現在の日本では、店頭には輝くばかりの赤ちゃんの笑顔を描いたミルク缶がならび、育児の象徴といえばほ乳瓶になってしまった。企業から派遣されたスタッフが定期的に津々浦々の産科病棟にやってきて、出産後まもないお母さんたちに「調乳指導」をしてゆく。産院退院の時には人工乳の缶にもろもろのグッズをつけた「おみやげ」が企業の出資で配られる。

我が社の成形スターチはコメ同様の炭水化物・アミノ酸組成を実現していますと、たとえば米国の穀物メジャーが主張して、その粒を詰めた袋に実った稲穂あるいは茶碗に盛った炊きたての飯の絵を描いたりしたものを売り込んできた場合、消費者はそれをコメとみなして買うかどうか。そんなものが店頭に並んで米を駆逐し始めたときに、栄養のバランスがとれている成形スターチのほうが食品として子供たちの健康によいと言えるのかどうか。穀物メジャーが送り込んだ調理指導員が全国津々浦々の小学校にやってきて、家庭科の授業で「調飯指導」と称してスターチの炊き方を指導したら、PTAは納得するかどうか。そのスターチを食するのに特別な食器が必要だったとして、日本人の食の象徴がその食器だとされたらそれは日本の文化にとってよいことなのか。

そういうものだと分った大人がそれでもと言って食べるぶんには自由だ。米を食べたくてもときには不作の年もあろう。あるいはきついコメアレルギーだが糊化スターチなら食べられるということがもしもあったとして、そういう人が寿司というものを食べてみたいと仰ったなら、スターチ寿司を食べることに異論のあろうはずもない。同様に、いろいろな事情で母乳が飲ませられないということもときにはある。お母さんが抗ガン剤を投与されているとか。赤ちゃんに特殊な先天代謝異常があるとか。どうしてもコメあるいは母乳が使えない事情があるときに、代替品が用いられることはあり得ると思う。コメでなければ飢えたほうがマシだとか口のおごったことは言いたくない。まして代替品を食べているから卑しい奴だなどと他所様を見下すようなことはしてはならない。

しかしあくまで代替品は代替品なのであって、それは栄養成分が同じとかいう理由では片付かない格差なのである。本家の足りないところを遠慮がちに埋めるくらいが代替品の正しい立ち位置だ。代替品がデフォルトづらして本家を押しのけるのは本末転倒である。

その本末転倒な状況を許していることに、赤ちゃん関連の仕事をしている身としては忸怩たる思いである。本稿はけっして人工乳を用いているお母さんたちを攻撃する意図で書いたものではない。

出産後30分以内に初回哺乳とか、一日8回ないし12回以上赤ちゃんが欲しそうにするたび与える哺乳とか、完全母児同室とか、そういう基本的な母乳確立の努力をせず、お母さんはお産で疲れただろうからと称して生れたばかりの赤ちゃんを新生児室に「お預かり」にして初回哺乳は生後8時間からとか、その後も哺乳といえば赤ちゃんが泣いたときに瓶哺乳するだけで結果として一日5~6回程度の哺乳しかしてないとかいう産科病棟はうちばかりではあるまい。そういう悪習をルーチンにしている産科で母乳が出ないから人工乳でとお母さんに「指導」するのは、赤ちゃんの立場に立ってみれば、たとえば、春先は眠いねとか梅雨どきは雨が多くて嫌だねとかいって代掻きも田植えもしないまま7月になり8月になってしまって、それで今年の稲は不作だから成形スターチを米と思って喰えと言われたようなものではないかと。それは、今年も精一杯がんばってはみたけれど天候不順でどうにもなりませんでしたと言われてスターチをわたされるのとは事情や印象が違うのではないかと思う。そういうスターチが子供たちの学校給食に代替米と称して出されたら親として納得できるかどうかだ。人工乳も同じようなスタンスで考えるべきではないかと、赤ちゃんの医者としては思うところである。


以下、不要のことかも知れないが。但し書きをいくつか。

・いま現時点で赤ちゃんに人工乳を与えているお母さんを弾劾する目的でこう書いているわけではない。母乳が当然で人工乳はあくまで代替品だと思うが、それとこれとは別の話。正しく支援すれば「母乳が出ない」ことはまずないと、母乳育児推進の人たちは主張されるし私もそれに反論する根拠をもたない。であればこそ、母乳ではなくて人工乳を「選ばざるを得なかった」お母さんたちに対しては、周囲の支援が足りなかったのではないかと反省こそすれ、当のお母さんたちを責めるのは当らない。

・子育て経験のないお母さんに十分な支援なくいきなり完全母乳を強いるのは、あたかも、まったく素人の都会人に種籾をひとにぎりわたして、これを栽培して子供がたべる米を自給しなさいと強いるようなものだ。それができなくてスターチを食べるはめになったとて、できなかった人を責めることがあろうか。
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by yamakaw | 2008-06-27 21:10 | 新生児