こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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「天使の代理人」 山田宗樹 幻冬舎


昨日入手し一気に読了しました。人工妊娠中絶を題材にした小説でした。読み続けるのは怖いけれど中断することもできませんでした。

小説として緻密に出来上がっています。テーマに夢中になって構成が粗雑になる「問題提起型」小説にありがちな穴が見あたりません。いかにも幻冬舎が出す、プロの小説家が書いた本です。ひょっとしたら、作者はもともと人工妊娠中絶について特別主張したいことがあったわけではなく、プロの小説家の冷徹な目で評価して、このテーマを書いたら凄い小説が書けるとの思惑で取りかかったのかもしれないと思います。藤子不二雄が猫型ロボットにもともと一家言あったわけではないように。

生命倫理の書物として読んでも満足です。悪者指摘して終わりとしません。問題の切り口を工夫すれば難解さが消失するという安易な姿勢を感じさせません。複雑な問題は複雑なものとして記載してあります。大事なことだと思います。

生命倫理を語るときに、万人に通じる原理原則を論文で論じるやり方ではなく、こうして名前と顔をもった1人1人を動かしてみせる、物語という方法が、今後は重要になってくるのではないかと思います。探求の方法論のみに止まらず、探求される内容として、世間一般の誰でも代入可能なマクロな生命倫理ではなく、顔を持った個人レベルのミクロな生命倫理というものが重要な考え方として成立しうると思います。

作者もまた、システム的に半分マクロの視点で動いた面々と、単純に個人と個人の関係で動いた面々を対比させています。読者として私が腑に落ちたのは後者のほう、徹底してミクロの関係であった人たちのあり方でした。

顔、か。またもレヴィナス先生や内田樹先生が出てきそうな語ですね。

表向きは自然死産として届け出られる、闇の後期中絶については、私は初耳でした。これまで公立病院とかキリスト教病院とか(米国南部のごりごりの原理主義的な教派が出資して出来た病院です)とか、この手の儲け話は喉から手が出そうでも決して出してはならない立場の病院にしか勤めたことがありません。でもまあ、たぶん、あるんだろうなと思います。需要がないとは思えないし、関係者一同が黙ってれば闇に葬ることは十分可能だし、経済的にも成立するし。

胎児適応での妊娠中絶すらシラを切り通そうとする産婦人科学会ですから、この小説は無視するか憤るかでしょうけど。あとがきに、取って付けたように「医学関係の描写についても、必ずしも実際の適応に即したものではないことを、お断りしておきます。」とありますが、この緻密な小説の結末にいかにも蛇足にこんな記載がついているのが、まあ、現状の象徴ですわ。

結末については、まあ、ほんとにこんな状況からのリカバリーを実現しかねない優れたNICUが埼玉には実在します。
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by yamakaw | 2004-07-17 23:51 | 読書