こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

childdoc.exblog.jp
ブログトップ

原稿用紙の呪縛

 久しぶりに縦書き原稿用紙を使ってみている。高等学校の現代文の授業以来だ。懐かしい。自分の感覚にぴったりと寄り添う本来の書き方に帰ったような感じがする。たいそう楽にも感じる。会話で言えば九州訛りで喋る楽さにも例えられようか。

 自分の文章を縦書き原稿用紙と横書きのエディタで比べてみると、なにより目に付くのは句読点の打ち方の違いである。縦書き原稿用紙を使うと、横書きではまず区切らなかった位置で句読点や改行を入れている。文章のくどさが目に付くのだ。プロポーショナルフォントを使っての横書きでは自覚しなかった程度のくどさでも癇に障ってくる。

 どうやら私は、この程度の字数で句読点、この行数で段落更新、と縦書き原稿用紙の見た目で文章を整えるやりかたを身につけていたらしい。形式にとらわれず自在闊達に書いていたつもりの自分が、この原稿用紙という体裁に、思わぬほど深く縛られていたことになる。

 武道でも芸事でも、それを身につけることで習熟してゆくような「型」はあるものだ。内田先生の著書でもサイトでも再々登場する概念だ。原稿用紙縦書き四百字というのも、文章を書くことを学ぶための「型」と言えば言えよう。

 であれば、型に縛られていることそのものはそれほど悲観すべき事ではない。単にまだ自分が型を超越できるほどの達人にはなっていないということだ。むしろ原稿用紙という型を練習することが達意の文を書けるようになる早道であろう。

 むしろ問題なのは、この「型」に対して無自覚であったということだ。自分の文章、翻っては自分の思考を束縛するものに対して無自覚であるのはよくない。せめて、自分は何に制約を受けているかくらいは自覚していたい。

 今回はワードの縦書き原稿用紙テンプレートで下書きをして、カットアンドペーストでこのブログに投稿してみた。いつもの文章とはどう違うだろう。私の作文教育を担当した小学校から高校までの国語の恩師たちなら、私の地は今回の文章だと仰るはずだ。

 
[PR]
by yamakaw | 2004-07-10 14:03 | 日記