こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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大臣はどのような機械をお考えで?

柳沢厚生労働相が女性を機械・装置に喩えた一件。ときおり報道される老人の姿がだんだん小さくなってるような気がする。体重落ちてるだろうなと思う。ちょっと気の毒になってきた。続投もならず辞任もならずとなると、体調を崩したとかいう幕の引き方になるのかもしれんけども。あんまり本格的に体調を崩される前に、なんとか身の置き所を見つけてほしいもんだと思う。

喜び勇んで審議拒否している野党諸氏の、普段はあんまり仲が良さそうでもない面々が寄り集まっている姿も報じられた。彼らの品性もまただんだんと落ちているように思える。他者の決定的な弱みを握ったときの得意げな目笑ってのは、傍目には下卑ててよろしくない。宮崎県の新知事が意外なさわやかさ・ひたむきさで仕事に取り組んでいる姿が連日報道されることもあって、なおのこと、彼らが対照的に卑屈に見えてくる。

それにしても、いったい何故にこの老人はこんな余計なことを言ったのだろう。報道される発言の文脈で、こういう比喩をなぜ使わなければならなかったのかが全く分からない。人倫やポリティカル・コレクトネス云々に言及するまでもなく、純粋に作文の技術レベルで、この比喩は全く蛇足であったと、私には思える。

しかしわざわざ失敬を謝りながらもこの比喩を使ったんだから、柳沢氏にとってはこの比喩は必然的なものだったんだろう。彼にとっての必然性ってどのようなものだったのだろうか。私にはそれが引っ掛かっている。機械装置の比喩について、この数日ああだこうだとつつき回して考えている。

彼は機械・装置と口に出しながら、いったい具体的にどのような機械・装置を想像していたのだろうか。むろん何らかの生産に用いられる機械なんだろうけれども、全台数と稼働率のかけ算で生産高が決まるような機械である。なんだかずいぶん単純な機械のような気がする。顧客のニーズに合わせて知恵を絞って多種多様な製品を作るんじゃなくて、単一の製品で膨大な量を生産して市場を席巻することを狙うような類の機械。その製品は品質を買われて高価に売れるというより、どちらかと言えばダンピング輸出むきの製品のような気がする。生産する機械装置そのものもまた、製品と同じく、単純単一で個別性に欠けるような。いや、乏しい歴史の知識をもとに勝手な想像をしてますけどね、彼の発言の報道に接して、私の頭に浮かんだ機械ってのが、女工哀史時代の製糸工場でしてね。

いやもう赤ちゃんってそういう大量生産・ダンピング輸出向きの製品とは違いますし。子育てにかかる金銭的負担だけでも、現代のトヨタや日産のクルマ以上ですし。子ども1人大学まで出すお金だとフェラーリ買えるんと違いますか。いったい柳沢氏はフェラーリの工場へ行く機会があったとして、生産ラインの数は決まってるから稼働率を上げることで生産台数を増やすんだ!とかまじめに言いますかね。いやフェラーリの工場がかの名車群をどんなふうに生産してるんだか私は知らないんですけれどもさ。ただまあ、そんな檄を飛ばされても、職人さんら、「はあ?」と目が点になるだけではないかというのは、そう外れた想像でもないと思いますがね。いやフェラーリのクルマってそういうもんと違いますし、と彼らは言うでしょうね。

私もまた、子どもってそういうものとは違いますし、と言いたいですね。もちろんフェラーリのクルマよりもさらに高次元な存在ですしね。なおのこと。

それとも、ひょっとして元大蔵官僚の柳沢氏には、具体的なイメージなど無かったのかもしれない。彼の念頭にあったのは、書類に記載された「子供製造機」の台数と稼働率の、文字と数字だけだったのかもしれない。その子供製造機にも個別の顔があり人格があり生活があるなどということは思いつかなかったのかもしれない。金融担当大臣当時に日本の銀行は健全そのものだと言ったそうだし、今でもホワイトカラーエグゼンプションを強力に推進してると言うし、書類の上が世界の全てな人なのかも。そういうバーチャルリアリティの弊害を一掃することは安倍内閣の教育改革の重要な目標だったように、私は思っていたのだが。思い違いか?
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by yamakaw | 2007-02-04 01:28 | 日記