こどものおいしゃさん日記 うしろすがたのしぐれてゆくか

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誇り高く

一度、ご自分のお子さんをじっくり見ていただきたい。そして、その子はあなたが待っていた別の子ではないことを、しっかりとかみしめてほしい。自分に言い聞かせてみよう。「この子は、私が期待していた子、予想していた子とは、別の子だ。子どもがお腹にいるあいだ、そしてあの陣痛のあいだ、思い描いた子とは、別の子だ。大きくなったらあれもいっしょにしよう、これもいっしょにやろう、と思っていたのとは、別の子だ。あの子は生まれてこなかった。この子は、あの子ではない」それから、静かにその場を離れ、気のすむまで嘆けばよい――ただしその子のいない場所で。それは、あなた自身のために必要な喪の作業なのだから。あなたは、失った子への思いを手放すことを学ばなければならないのだから。

そうして、もう一人の子を失ったことを受け入れられるようになってきたなら、戻ってきて、自閉の子どもをもう一度よく見ていただきたい。今度は自分にこういい聞かせてみよう。「この子は、私が待っていた子、予想していた子とは別の子だ。何かの事故で、空から私の目の前に落ちてきた異星人の子どもだ。この子はいったいどんな子なんだろう。どんな大人になるんだろう。でも確かに子どもにはちがいない。同じ種族の親と生き別れ、見知らぬ星にたった一人で不時着した、宇宙の子。だれかが世話をしなければいけない、だれかが導いてやらなくてはいけない、だれかが通訳してやらなければいけない、そしてだれかが権利を守ってやらなければいけない幼い生き物。この異星人の子は私の目の前に落ちてきたのだもの、その気になれば私が引き受けたっていいはずだ」

もしもこの話を読んで勇気がわいたという人がいたら、どうかわれわれの仲間になってほしい。勇気と決意とをもって、希望と喜びを手に、われわれのもとに集まってほしい。胸踊る一生があなたを待っている。


ニキ・リンコさんのウェブサイトから「我らの存在を嘆くな」の最終章を引用しました。リンクが切れていたのを修復しましたから、是非とも全文をお読み下さい。みなさま。

我が家はおそらくは代々の自閉症スペクトラムの家系です。ご先祖の話は変わり者の話ばかり。ただ3代前までの我が家は結核への対処の方がよほど大変で、少々社会性に欠ける性格などもう構ってる暇はなかったのでした。私と息子の違いは恐らくは質の違いではなくて程度の違いだけです。

息子と暮らす生活がそれほど悲惨なものとは思いません。日々が平穏に過ぎていきます。

200年前くらい、我が家が大村藩の下級武士だった時代なら、案外と、こいつもお城と屋敷を往復してそれなりのお勤めをしてたのかもしれないなって思ったりします。私とて迂闊に医学部に進まず会社勤めなんてしてたら今頃とおっくにリストラされてるでしょうね。どうも私は周囲にいる「普通の」人たちとはなにか違うらしいから。それは子どもの頃から薄々感じてはいるのですが何が違うのかは分からない。小学校や中学校の級友たちは折に触れ指摘してくれたんですけどね。好意的だったり苛めやからかい半分だったり態度は様々であったにしても。医学部の試験では記憶力は問われたけど社会性なんぞ誰も試験しないんでボロは出なかったし、その後も究極的に構造化された環境であるNICUに潜り込むことが出来たんで、まあそれなりには暮らしてます。

まあ、喰って行けてるんだからそれでいいじゃないか。誇り高くいこうや。

親父の私は身構えてますが、息子はそんな無用の概念には興味なく、リアルロボットの次のパーツのことで頭が一杯です。シンプルな生き方。よほど魅力的な人生を送れるような気もする。ちょっと羨ましいかも知れない。
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by yamakaw | 2004-09-25 18:35 | 日記